(16)21歳と31歳
「ルーイ見てみて!エリザベータさんのドレス、仕立て直してもらったの!」
控え室の扉を明けた途端、そう言いいながら腕の中に飛び込んで来た塊を、ルートヴィッヒはよろめく事なく受け止めた。
抱きとめたついでにハグを交わして、そっと身を離す。
真っ白なドレスに身を包んだその姿を映して、菫色の瞳が柔らかく笑んだ。
「本当に、良く似合っている。・・誰にも見せたくないくらいだ」
綺麗にセットされた髪を乱さぬ様、そっとその頬に手を添えると、フェリシアーノは照れた様に笑う。
「ありがと。ルートヴィッヒも、すごく格好良いよ。皆に『これが私の旦那様だ!』って自慢してまわりたいくらい」
くすくすと笑ってそう言う花嫁に、ルートヴィッヒは手を差し出した。
「じゃあ今から思う存分自慢してくれ」
行こう、と差し出された手に、迷う事無く自分の手を滑り込ませて、フェリシアーノは控え室を後にする。
音楽学校の卒業式から2ヶ月たった今日が、2人の結婚式だった。
聖堂の扉の前には、新婦の父親役を引き受けたローデリヒが立っている。
その傍らに立つエリザベータが、フェリシアーノの姿に顔を輝かせた。
ローデリヒの前まで来て手を離すと、礼服が嫌という程しっくりくる義兄が、その目を細めて声をかける。
「素敵ですよ、フェリシアーノ。ーーおめでとう、ございます」
その言葉に、女性は笑顔で答えた。
「ありがとうございます、ローデリヒさん、エリザベータさん」
「ドレス、着てくれてありがとうフェリシアーノ。私、娘に自分のドレス着てもらうの夢だったの」
少し涙ぐんだ目でそういうエリザベータに、ローデリヒはすました顔で
「まぁその娘が義妹になるわけですけどね」
と返し、ちらり、とルートヴィッヒを見る。しかも夫婦揃って、まったく同じタイミングで。
「・・・最後の最後まで、心のこもった祝福をどうも」
非常に微妙な表情でそう言うしかないルートヴィッヒの顔は、やや強ばり気味だ。
それもそのはず、結婚の報告に行った時からこの結婚式まで、この姉夫婦にはことあるごとにこの「ちら見」をくらって来たのだ。回数などすでに覚えていない。
だが誰よりもフェリシアーノの笑顔を願う2人が、誰よりも2人の為に式の準備を手伝ってくれて、心からその幸せを祝福してくれていることは、よくわかっている。
要するに、手塩にかけて育てた娘を取られるのが気に入らないだけなのだと。
わかって居るし、正直結構慣れた。
それは新婦も同じ様で。
「もう、ローデリヒさん、エリザベータさん。そんなに私から『お兄様お姉様』って呼ばれるの嫌なんですか?」
「いいえそれは大歓迎よ!」
「もちろんです。ま、どっかの誰かは二十歳そこそこで『おじさま』でしたけどね」
ふっ、と思い出し笑いを口元に浮かべる義兄に、ルートヴィッヒはぼそりと言う。
「・・・子供が産まれたら自分たちも立派な『おじさまおばさま』だがな」
「あらルートヴィッヒあなたまだ出番まで時間あるわよねちょっとお話しましょうかあっちで。ふたりで。」
「そうですね姉弟水入らずで話す良い機会でしょう。フェリシアーノ、式の段取りをあちらで確認してきましょうか」
にこにこと、先ほどまでよりもやや薄暗い笑みを浮かべた2人に、今日一番幸せなはずの新郎は、何度目か分からないため息を付いた。
そんなこんなで、姉夫婦の猛攻をなんとかかわして始まった式は、滞り無く終わり。
新しい夫婦の誕生を告げる鐘が、澄んだ空に高らかに鳴り響いた。
「おめでとう!」
「幸せになるんやでー!」
「ちくしょーお前泣かせたら承知しねーぞジャガイモ野郎」
「おめでとー。フィーまじきれーやし!」
次々に聴こえてくる人々の祝福の言葉に、教会の扉を背にした新婦は輝く様な笑顔を浮かべる。
笑顔のまま一段先に降りた新郎に手を引かれて、階段を降りようとした、瞬間。
「ーーーーうわぁぁぁ!!」
「!!?」
思い切りドレスの裾を踏んで、フェリシアーノはバランスを崩した。
倒れ込んだ先で、咄嗟に左足を一段下げて体勢を整えた新郎の腕に抱きとめられる。
「ご・・ごめんルーイ、ありがと」
下手したらドレス汚しちゃうところだった、と少し青くなって白の礼服に捕まると、ふと頭上から聴こえて来たのは、笑い声。
「気にするな。・・降ってくるものを受け止めるのは得意だ」
その言葉が、初めて会った時の事を言っているのだと気付いて、フェリシアーノもふふ、と笑った。
「じゃあ私は、ルーイめがけて落っこちるのが得意だって事だね」
今度こそ、慎重に支えられて階段を降りながら、新婦はふと目の前の人の名を紡ぐ。
どうした、と振り返る頭が、段差の所為で何時もより近くに在る事に満足して、フェリシアーノは口を開いた。
「あの日、オレを受け止めてくれてありがとう。これからも、よろしくね!」
もちろん、と答えた新郎の声と共に、鐘の音がまた高らかに響いた。
end