(14)21歳と31歳

*注意事項*
ここから先には男女の性描写が含まれます。
話の流れとしては、飛ばして頂いても繋がりますので、苦手な方は↑の数字の*印が無くなる所まで飛ばして下さい。
18歳未満の方も同様です。
大丈夫、大好物、文句言いません!という方のみスクロールでどうぞ。















































 ついばむ様に唇を何度か重ねて、最後に小さく音を立てて離れる。
 キスの間に閉じられていた琥珀色の瞳が、薄い涙の膜の向こうからゆっくりと自分を映すのを見て、男の背がぞくりと粟立った。

「ーーーフェリシアー、ノ」
「ルーイ」

 自分の名を呼ぶ男の声が、少し震えていた様で、フェリシアーノはくす、と笑う。
「ルーイ、大好き。ーー愛してる」
 相変わらず心臓は早鐘の様だし、緊張で手は震えそうだけれど、目の前の大好きな菫色の瞳が自分を映していると思うだけで、体中が幸せに包まれる。そのぽかぽかとした心のまま相手の名前を呼ぶと、何故かルートヴィッヒはぴく、と震えて、もの凄い真顔になった。

「る・・ルーイ、えと、どうしたの・・?」

 さっきまで凄く優しく笑ってくれていたのに、突然動きを止めて真顔になって、男が何を考えているのかさっぱりわからない。
 困惑した顔で、そっと筋肉のついた腕に手を添えると、ルートヴィッヒが突然がば、と身を起こした。

「もうだめだもう無理だ!フェリシアーノ!」
「え、え?はい!?」

 何故か怒った様な、真剣な顔で自分の名前を呼んだと思った男が、スーツの内ポケットから取り出したのは、
「ペン・・・?」
 あっけにとられるフェリシアーノの右手に、キャップをとりはずした万年筆を握らせ、部屋に備え付けの書類ボードに、机の上に置いてあった書類をセットして差し出す、その間約三秒。

「・・・・・え、は?」

 さすがに困惑して書類と男の顔を交互に見ると、長い指が書類を指した。
「ここに、名前と、サイン。日付と住所は後で書くから、とりあえずサインだけ頼む」
 無表情で告げられた言葉に、ぱちぱち、と瞬きをして、書類を見て、とりあえず指が指し示す空白に、万年筆を走らせる。
「名前、と、サインっと。これでいいの?」
 なんで突然、と首を傾げたまま男に書類とペンを返した、次の瞬間。

「ーーぅわ!」
 ぐい、と腕を引かれて、思わず閉じた目を開くと、男の顔越しに天井が見えた。
 背中と膝の裏に感じる体温に、これはいわゆるお姫様だっこというやつでは、と思い至った途端、顔がまたぽん、と紅くなるのを感じた。

「るるるるーい!?」
「キツネでも呼ぶ気か?旦那の名前くらい、ちゃんと呼んでくれ」
 飄々とそう答えられて、フェリシアーノは目を白黒させる。
(だっ!だ、ダンナって言った!!ていうか何この人誰!?えー、えー!?)
 しかも軽くパニックを起こしている間に、抱き上げられたときとは対照的に丁寧な手つきで下ろされたそこは、寝台。

 上半身を支える様に、腰のやや後ろに付いた自分の手を、ルートヴィッヒの大きな手が上から包む。
 彼が片膝をベッドに乗り上げた際に立った、ギ、というベッドが軋む音に、フェリシアーノは溜まらなく恥ずかしくなって、ぎゅっと目を閉じた。
(どどどどうしよう、これって、そういう事だよ、ね・・!?)
 心臓がもう息を止めて50mダッシュをした後か、というくらいに暴れている。

「フェリシアーノ」

 耳元で囁かれて、びくん、と肩が揺れた。
 いつも思うのだが、この男の低音は、非常に心臓に悪い。名前を呼ばれただけで、頭がぽぉ、となって、身体の芯が熱くなる。

「フェリシアーノ、お前が欲しい。今すぐ」
 
 頬に口づけたその口から、また耳元で名前を呼ばれる。しかも耳に何か熱くて柔らかいものが触れて、また肩が揺れた。
「ーーっん!」
 その上今度は声まで出た。
 恥ずかしくて、ドキドキして、もう泣きたい。せめて手か何かで顔を隠したいのに、両手はベッドに縫い付けられてそれもかなわない。
 せめて、と俯くと、肘を折った男が下から覗き込んでくる。
 要するに、逃げ場が無い。

「るっルーイ、待って、待ってってば!ちょ、ホント、むりだから!」

 このまま体温が上がったら、高熱で死んじゃう、高熱じゃなくても心臓が止まるかも、と半ば本気で命の危機を感じてそう言った、瞬間。
「ーーー!?」
 ぶつかりそうな勢いで口を塞がれて、勢いのままフェリシアーノは背中からベッドに倒れ込んだ。
 さっきまで椅子に座ってしていたのとは違う、激しいキス。
 ルートヴィッヒの唇が自分のそれを食む様に動いて、その合間から熱い舌が唇を撫でる。
 まるで食べられてしまいそうな口づけに、フェリシアーノの目から涙がこぼれ落ちた。

「ーーーっは、はぁ、はぁ、」

 ようやく解放されて空気をむさぼりながらも、涙は止まらない。
 押し倒されてキスをされて、ぼろぼろと涙をこぼすフェリシアーノの肩口に、男は額を押し付けた。
 自分のそれとは比べ物にならないくらい細い、女性の柔らかな二の腕をぎゅっと掴んで、そのまま口を開く。

「本当に、無理、か」

 自分の肩口に押し付けられている所為でくぐもって聴こえるその声に、傷ついた様な色を見て、フェリシアーノは心臓がぎゅ、と縮まる様な感じがした。
「るーい・・?」
「お前はいつもそうだ。俺の心を、上げるだけ上げて落としたり、どん底まで落として打ち上げたり」
「え、ちょ、ルーイ?」
 二の腕を掴む力が増して、思わず少し身じろぎする。その間にも男の言葉は続いていて。
「学校を卒業して、一緒に暮らせると思ったら、他人になるなどと言い出すし。やっとの思いで求婚して、ようやく一つになれると思えば『ホント無理』。こんな土壇場で拒まれるくらいなら、あのまま埋めておくんだった、こんな想い!」
「ルートヴィッヒ・・・」
 目の前の人物が、こんなにも自分の言葉に心を動かされていたなんて。
 その事実を突きつけられて、フェリシアーノの心臓はまた切ない鼓動を打った。

 自分が好きだと、言ったから。
 優しいこの人は、責任を取ろうとして、結婚なんて言い出したんじゃないか。

 頭の隅で凝り固まっていたそんな思いが、小さくなって消えてゆく。

 この人は、ちゃんと、自分を求めてくれてるんだ。

 そう思っただけで、胸が切なくなる。そして下腹部をぎゅ、と押された様な感覚と、月経時の様な違和感。
(あ・・・!)
 初めて感じる、直接的な性欲にとまどいながらも、自分も相手を求めている、とちゃんと伝えなくては、と思った矢先。

「だが、もういいだろう?」

 ゆっくりと額を離した男の目が、フェリシアーノを射抜く。
 食事をしていた時とも違う、キスをしていたときとも違う。
 薄暗い光をたたえた薄紫色に、おびえた様な表情の女性を映したまま、ルートヴィッヒはゆっくりと笑った。

「名前とサインを貰っておいて正解だった」

「ルート、ヴィッヒ・・・?」
 台詞の意味が分からず、でも問う事も出来ず、なんとか名前だけを呼ぶ。
 そんな相手にくすくすと笑って、男は目の前の鎖骨に唇を落とした。
 ぴくり、と跳ねる体を両手で押しとどめて、強く吸い上げる。小さく上がった声と、唇を離した場所に残ったうっ血を見て、ルートヴィッヒは満足げに目を細めた。

「俺はお前に求婚した。お前はそれを受けた。書類にサインもした。法律上も、俺たちは夫婦だ」

 お前がどんなにイヤだと言っても、俺は絶対に離婚はしない。
 嫌われるかもしれない、居なくなるかもしれない、そういう風にびくびくする必要はもう、ないんだ。なぁ、フェリシアーノ。

 最悪嫌われたとしても、お前はもう俺の物だ。

 今更嫌だと言ったって、もう聞けない。家に閉じ込めたって、専業主婦ですと言えば世間は何も言わない。孕ませたっておめでとう、だ。
「三十路男の本気をなめるなよ、フェリシアーノ」
 いつもの薄紫よりも、少し青みを増した瞳に覗き込まれて、フェリシアーノは息をのんだ。

 息をのんで、逃げる様に首をそらして、逃がすまいと追いかける男の目を、ギッと睨みつけて。







 ゴッ!


「ーーーっだ!?」
「ったぁ〜〜〜〜・・・」



 女性は、男の額に渾身の頭突きをお見舞いした。