(10)21歳と31歳

 ばれた。

 そう、思った。
 フェリシアーノから、「養子縁組を破棄してほしい」と言われたとき、ルートヴィッヒは本気でそう思った。
 自分が、「父親として」ではなく「男として」彼女を見ている事がばれて、そんな人間とは一緒にいられないと思われたのだと。

(あんなに厳重に鍵をかけて埋めたのに。どうして。どうして、何故)

 ところが、完全にパニックに陥りかけた耳に聞こえてきたのは、その考えを覆すフェリシアーノの言葉だった。

 自分の事が、好きだと。
 愛しているから、娘では居られない、と。
 そう、告げられた瞬間。

 コンクリートの割れ目から、ジャックと豆の木もびっくりな勢いで、鍵をかけて埋めたはずの心が芽吹いた。
 ずっと抑制されていた反動か、その勢いの良さに、ルートヴィッヒは思わず赤面する。
(気持ちが、こんなに育っていたなんて)
 目の前で、自分の事が好きだと言う女性を、衝動のまま抱きしめてしまいたいとも思う、この気持ち。
 その予想外の大きさに戸惑っている間に、相手はどんどん先に話を進めてしまっていて。

 卒業したら、一人で暮らすと言われた時には、一瞬頭が真っ白になった。
 また一緒に暮らす日を指折り数えて来たのに。
 自分を好きだから、という理由で離れて暮らすだなんて、そんな話があってたまるか。

 置いて行かれる事への焦りから、思わずテーブルを叩いてしまったりもしたけれど、ゆっくりと思い出す様に話す相手の言葉を聞いているうちに、ようやく頭 が落ち着いてゆくのを感じる。
 自分を愛しているから、もう娘では居られないと語る女性を前にして、ルートヴィッヒはようやく目眩がする程の幸福感に満たされた。


 この想いを捨てなければ隣にいられないと思っていた相手が、捨てなくてはと覚悟していたその心を欲しいと言ってくれている!


 自分の贈ったブローチをつけて、頬をそめるフェリシアーノのその唇にキスしたくなるのを必死でこらえながら、ルートヴィッヒは自分がするべきあらゆる手 続きを、もの凄い早さで脳裏に箇条書きしていった。

(残念ながら俺は三十路過ぎの臆病者だから)

 自らこちらにやってきた幸運を確実に手にするために。
 逃げ場なんて、一つも残してやらない。


 覚悟、しておいてくれ。


「俺も、お前が大事だよ、フェリシアーノ」

 目を閉じた女性の額に、ルートヴィッヒは宣戦布告のキスを贈った。