こちらの独(→)←伊の別サイドになります。
 てなわけで、リンク先からの閲覧をオススメします。





「う、わぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」



 朝6時55分42秒。
 目覚ましに頼ることなくカッと目を開きがばっ、と布団の上に身を起こした男は、開口一番絶叫した。





 ありえない。

 ありえない、ありえない、ありえてはいけない!




 
 先ほどまでの夢の内容を思い出しただけで再び叫びたくなるのを必死にこらえ、ドイツは頭を抱える。




 ほんのりと汗ばんだ、なめらかな白い肌。
 
 上気した頬。

 シーツに散らばる良く梳かれた髪は、榛色で。

 小さく眉を寄せ、快楽に震えながら己の名を呼んだその声の持ち主は、


「イタリア・・・・だと・・・・・・!!??」




 
 何故親友のあられもない姿を夢に見て夢精した挙げ句飛び起きなければならんのだ、しかも出したばかりなのにまだヤる気満々なこの息子どうしてくれようっていうかイタリ・・いやいやいや、「あいつ」のあの顔というか身体というか、ぶっちゃけ全てが頭から離れない一体どうすればいいんだ誰かたすけてくれもう嫌だ何コレ俺もう死んだ方がいいのかなぁうわああああ!!

 〜〜〜〜こんなんであいつの顔なんか見られるか!!!

 と、半分涙目で壁に掲げられたカレンダーを見やり、その日の予定を確認して。


「Mein Gott!」


 ドイツはベッドの上で天を仰いだ。





 総じて言えば、この朝のドイツはちょっとおかしかった。




















「・・・フランス。これで最後か?」
「・・・・おう。長かったな・・・」

 はぁ、と口をついて出るため息は、二人分。
 ばさり、とスミをホッチキスで留められた書類の束を手渡され、げんなりした顔のフランスの向こうの壁時計は、既に夕方を告げている。

「あーもー何が哀しくてこんなムキムキと一日中顔付き合わせて書類整理なんかしてるのかなぁ、お兄さん泣いちゃう」
「泣きたければ泣け、ただし書類をぬらすなよ」
「うわーん」
「嘘泣きするな気持ち悪い」
「なんだよー泣けって言ったのおまえだろー?」
「泣けとはいったがここでとはいって、ない!」

 最後の「ない」という言葉とともに、シャッとドイツの手にしていた万年筆が空を切った。

「終わったぞ!終了だ!Finir! Fertig!」

 サインを書き終えた書類の束を、既に積み上げられていた山の一番上に安置して、ドイツは高らかに終了を宣言する。
 その声を合図に部屋へと入ってきた部下に全ての書類を任せ、男は座っていた椅子の背に深く沈み込んだ。

「おつかれー」

 だら〜、と音のしそうな顔で机につっぷしたフランスが、ゆらゆらと手を振る。

「あぁ・・・お互い様だが、疲れたな・・・」
 ずっと書類を見ていた所為で、目と肩が凝った。

「はーもぅ、打ち上げしようぜ打ち上げ。お兄さん飲まなきゃやってらんないわ」

 ため息と共に耳に届いた声に、ドイツは目を閉じたまま頷いた。




 一日中椅子に縛り付けられて、ひたすらフランスと協議を重ね、二人がかりで書類の整理に追い立てられた割に、ドイツの心に不満はなかった。


(あんな夢を見た後で、何時も通り訓練だのなんだのであいつと顔を合わせる事を考えたら、このくらい何でもないな)


 確かにほぼ毎日聴いている、「ドイツードイツー」というあの声や自分の背中にくっついてくる体温が無いという事に、少し落ち着かない気持ちになるのは事実だが、流石に今朝一番で平静を保てたとは到底思えない。

 それでも、一日かけて頭を整理する事は出来たと思う。




(俺、イタリアの事が好きだったんだなぁ・・・)




 まぁバレンタインにバラを貰っただけでその気になっていたあたり、今更気付いた自分に呆れたくもなるが、そういう事らしい。
 気付いてみれば何て事はないのだ、イタリアは自分の好みど真ん中ストライクなのだから。









 問題はといえば、










「何であいつ、男なんだろうなぁ・・・」
「んーまぁそれはホラ。悩んでも仕方ないことじゃねぇ?」

 隣から帰ってきた清々しい返答に、ドイツは苦笑してビールを煽った。

 打ち上げ、と称して二人でやってきたのは、ドイツの家からそう遠くない飲み屋で。
 疲れていた所為か、次々に杯を重ね、気が付いたときには、誘導されるままに、つらつらとフランスに諸々を話してしまっていた。

 まぁもちろん、今朝の夢の事はおくびにも出さないのだが。
(当たり前だ、アレを話せと言われたら、とりあえず拳で語り合おうかと答えるぞ俺は)

「まぁ確かに、仕方ないな」
「そーそー。好きになった相手がたまたま男だったってだけだろ。世間はそれをホモと呼ぶけど」
「・・・昔から思っていたがお前一言多いよな」
「そう言うお前は言葉が足りないよな〜」

 ずばっと切り返されて、自分でも自覚のある事柄に、う、と言葉を詰まらせていると、そんなドイツをふふん、と笑って、隣の男は何やら携帯をとりだした。

「・・・?メールか?」

 ぽちぽち、と操作する手元をのぞき込むわけにもいかず、目の前に出されたつまみのピーナッツを食べながら、ふわふわと思考を巡らせる。

(あー・・今日はイタリアに会わなかったからか。・・・・会いたいな)

 いや朝会いたくないと思ったのは自分なのだけれども。

(好きだと自覚すると、顔が見たくなるものなのか?)

 大分アルコールの回った頭でそんな事を考えていた所に。




「よぉーイタリア元気かー?つーかとるの遅くねぇ?」
 もうよい子は寝ちゃったかと思ったぜー




 隣から丁度考えていた相手の名前が聞こえて、思わずピーナッツの殻を取り落とした。
 その間にも何やら話しているらしい隣人に、電話を切るまで待てずに問いかける。

「コラフランスお前誰に電話してるんだ」

 携帯を耳に当てたまま自分にウィンクをよこす相手が電話口に言うことには、

「えーなに良くわかったなぁ!声きこえた?」

 それに続く、ジェスチャー。

(ちょっと待ってろ?)


 大人しく会話の行方を見守ろうとした、矢先。
 フランスが、言った。



「じゃあ来いよ!」



 ・・・・・なん、だって?


 今こいつが電話してる相手は、十中八九イタリアで。
 この夜更けにイタリアに電話して、「来いよ」と言ったのはフランスで。


 むか。


(なんだか知らんが腹が立つ・・・)


 しかも、相手は何やら渋っているらしく、フランスが苦笑して「えーいいじゃねぇかちょっとくらい」などと言っている。
 フランスが呼んで来るのも腹立たしいが、今顔が見たいのに相手が来ないというのも嫌だ。



(あぁもう、一体どう・・・そうか、自分で呼べば良いのか)



 何て名案!と自分で自分を誉めつつ、ドイツは隣の男の肩を叩いた。


「おいちょっと代われ」

 なんだ、とこちらを見やるその手元から携帯を奪い取り、耳に当てる。



「ーーイタリア?」


『ーーあ、うんドイツ?』


 一日ぶりに耳元で呼ばれた自分の名前に、かぁ、とアルコールが回るのを感じた。
(あぁ、やはりイタリアに呼ばれる名前が一番好きだ)

 一瞬目を閉じてその幸せをかみしめてから、電話を奪い取った目的を思い出し、携帯に向かって口を開く。



「イタリア、来いよ。今ものすごくお前の顔が見たい」



『・・・・・・いきます』




「ーーー見たかフランス!聴いたかフランクライヒ!俺が言ったら一発だぞあいつ、今からすぐ来るそうだ!あぁもうくそ、可愛いな!」

 プ、と通話を終えた携帯を投げ返しながらそう言うと、フランスは何故か少し斜め右80℃くらいを見ながら、「そうだなよかったな・・」とつぶやいている。

「どうした?・・・あぁそうだ、待ち合わせなんだが、ここは解りにくいと思って、ブロイハウスの前にしたからな。行くぞ」

 イタリアが来る。
 イタリアに会える。
 イタリアの声が聞ける。ハグも出来る、キスも出来る!

 そう思っただけでうきうきしてきたテンションのまま、椅子を引いて席を立つと、苦笑した顔のフランスも腰を上げた。

「まぁ、アレだ。ドイツ楽しそうだな」
「ーー?あぁ。それがどうかしたか?」
「幸せか?」
「・・・まぁ、これからあいつに会えるわけだし」
「そうか良かったなじゃあ奢ってくれ」

「・・・・・・まてフランス、意味が分からん」

「いいじゃんお兄さん今マルク持ってないんだってば」
「バカ言えうちは今ユーロだ!割り勘に決まっとろうが」
「えーだってお前ばっか幸せそうで不公平じゃん。ていうか飲んだ量絶対お前の方が多いって!俺3杯、お前は?」

「ーーわかった、3:1でどうだ」

「・・・・・え、まってお前10近く飲んでんの?」
「親父ー!会計頼む!」
「誤魔化すなコラ、いや飲むのは自由だけど潰れないでねお願い、お兄さんお前が潰れたら運べない自信あるよ!?」

 フランスから受け取った紙幣を加えて会計を済ませ、4等分した代金を引いた分の釣りを手渡すと、何故か驚いたような、呆れたような顔をされた。
(セント単位まできっちり3:1だぞ文句あるのか?)

「大丈夫だ。そもそもイタリアが来るのに無様な姿晒す訳無いだろう」
「ーーうんそうだね一瞬でセント単位まで暗算して引き算出来るくらいだもんね大丈夫だね。・・・でもそんなに飲んでたのかぁ。どーりでテンション高いと思った」
「そんなに高いか?・・・まぁ確かに、少し浮かれているかもしれんが」

 足早に車道を横切りながら、話は続く。

「いやいやいや、いつものお前を平地としたら、ピレネー山脈なんか軽く飛び越えちゃうから。でもまぁ、たまにはそんくらいが良いよな!」
「・・・聴いてると良くない気がしてきたぞ」
「そんなことナイナイ!たまにはいっぱい飲んで笑って楽しめばいいじゃない!」
「いや、いつも飲むときは楽しんでるんだが」
「う〜ん・・でもお前顔にあんまり出ないだろ?まぁイギリスレベルまで変わられると困るけど、今日みたいにちょっとテンション上げるくらい良いと思うんだよねー」
「そうか・・・しかしお前もよく飲むよな、イギリスと。毎回潰れてるだろう?」
「んー?いや毎回ってわけじゃないよ。あいつも一人で飲む時はダレも保護してくれないって解ってるみたいで、セーブしてるらしいから」
「保護って・・・それでいいのかお前」
「え、ダメ?だって俺だから安心して酔っぱらってくれるんだよ?凄い信頼されてるじゃない俺!愛されてる俺!俺最高!トレビアン!」
「あーはいはい良かったな」
「冷たいなぁ!どうせお前の温かみはイタリア専用だろうけどさ!」
「そんなこと無いぞ、ただ相手によって有料なだけだ」
「それが冷たいって言ってんだよ」
「何とでも言え」
「ふーんだ。ーーあれ、電話かな」
「イタリアか?遅れるとか」
「・・・うんにゃ、イギリスだ。ちょっと失礼」
「あぁ」

 気が付けば、丁度イタリアに言ったビアホールの前までたどり着いていて。
 ぴ、と携帯の通話ボタンを押して背を向けた男の笑顔に苦笑して、ドイツは一人街灯に背を預けた。

 秋の匂いのし始めた街は空気がすんでいて、夜中とはいえ月の明かりが清々しい。
 初冬ほどではないが、少々肌を刺す冷気が、火照った身体に心地よかった。


(ああ、会いたい)


 隣から聞こえてくる楽しそうな声に、益々思いは募るばかりで。
 目を閉じて、その声を、髪を、瞳を、思い出して。
 朝見た夢の様な艶やかなそれではなかったけれど、その笑顔を思い描くだけで、どくんどくんと心臓が大きく脈を打った。

『ドイツ』

 名前を呼ばれた気がして目を開いたその先で、タクシーから降りてきた人影に、ドイツは笑みを深くする。
 そして街灯から重心を起こすと、こちらに気付くよう、大きく手を振った。



「ーーーイタリア!」 




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