「ヴァルガスさーん!こっちこっち!」

「ヘーデルヴァーリさん、こんにちは。あ、あの、チケットありがとうございます!」


 weissコンサート当日、コンサート会場にほど近い公園で待ち合わせた女性に、フェリシアーノは勢いよく頭をさげた。



09 もっと付いて  



「で、チケットって?」
 とりあえず歩きましょうか、と歩き出したところで、身に覚えのない感謝にくい、と首をかしげると、目の前の青年は嬉しそうに続ける。

「ルーディーから聴きました。ヘーデルヴァーリさんが二人分とって下さったって」

 はーそういうことになってるわけねーへー。

 心の声を微塵も顔に出すことなく、エリザベータは微笑んだ。

「そんな、気にしないでください。私の愛しのローデリヒさんが、ピアノメンバーで出るっていうので譲って貰ったものですから」
(もちろんルートヴィッヒからだけど)


 知り合いが出るって便利よねー、と笑うエリザベータに、フェリシアーノも笑って答える。


「ルーディーの従兄弟さんって、ピアノ弾かれるんですね!うわぁ楽しみだなあ・・!」
「言っとくけどすごーく格好良いんですよ!ピアノも美味いし!なんかこう、全体的な雰囲気が高貴っていうか!?」
「あははヘーデルヴァーリさんベタ惚れですね」

 話を続けながら、先を行く女性に導かれるまま建物に入り、ロビーをぬけた。
 会場になるホールに入ったところで、エリザベータが振り向いて言う。

「あの、その呼び方なんですけど」
「はい?」
「私近いうちにホラ、’ヘーデルヴァーリさん’じゃなくなるので」
「あ、そうですよねおめでとう御座います!」
「ありがとう。で、よかったら”エリザベータ”って呼んでください」
「わかりました、エリザベータさん。あの、俺からもいいですか?」
「なんでしょう?」
「その、敬語をやめて頂けると・・嬉しいんですけども。俺、ルーディーと同い年だし、なんかむずむずしてしまって」
「ふふ、じゃあそうさせて貰うわね。ーーあ、席ここよ」




「・・・・・・・・・・・・・・・はい?」



 指された座席をみて、フェリシアーノは目が点になった。




「ヴァルガスさん?ホラ早く座りましょ」


「・・・・・いやいやいやいやエリザベータさん!ここめっちゃ良い席じゃないですか!!こんなトコにタダで座れませんよ俺!」
 しれ、っとした顔で席に着く女性に、思わずツッコミを入れる。

 ぽんぽん、と軽く座るように指示された席は、ホールの中でも一番音が良く、かつ演奏するメンバーからも近い、ぶっちゃけていうと一番高い席だった。

「いいのよー出演者から貰ったチケットだもの。席は良くてあたりまえ。ーーそれとも私の隣には座りたくないのかしら?」
「イイエソンナメッソウモアリマセン」

 エリザベータの台詞の最後で何故か背筋がぞくりとした気がするのは、気のせいだと思いたい。



 席にはついたものの、まだ開演には少し時間がある。

(うーこんな高い席、嬉しいけどなんか落ち着かない・・)

 なんだかそわそわしてしまい、はっと思い出して携帯の電源を切ったフェリシアーノに、隣から声がかかった。


「ねえ、ヴァルガスさん。ヴァルガスさんって、weissのファンなのよね?」
「はい!もう、メジャーデビューする前から大好きだったんです!」
 満面の笑みで、そう断言する青年に思わず微笑む。

「じゃあ、メンバーで言うとRUDとFIZ、どっちが好きなの?」

「・・・それ、ルーディーにも聴かれました。エリザベータさんは、どっちが好きですか?」

(へー聴いたんだあの子。そらがんばったわねー)

「あ、私?私はもちろんローデリヒさんw」
「・・・さいですか」
「で、ヴァルガスさんは?やっぱりFIZ?」

 これでフランセーズだったら笑えるわぁ。寧ろ可哀想で笑えないか。
 などと思いながら肘でつつくと、青年は複雑な顔をして答えた。


「やっぱり、ってことは、やっぱ普通の人はFIZの方がいいんですかね?」
 雑誌で読んでてもそんなかんじだし。

「いや、そうとは限らないけど。ホラ、ボーカルって目立つし、その所為かしら」
 ちょっと慌ててフォローに回る。が、待てよ?てーことは。

「ヴァルガスさん、FIZよりRUD派・・?」

「そうなんですよー。格好良いし、ドラム美味いし、歌ったら絶対良い声してますよRUDは!」

 青年の言葉に思わず立ち上がり、手を握って
「よく言った!!」
 ヴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 大声で断言した瞬間、開演を告げるブザーが鳴った。




















 真っ暗な舞台から、不意にピアノの旋律が流れ出す。

 静かなイントロは、美しいメロディラインのそれ。

 短くメインテーマを奏で、静かに消えた、その余韻を、




 力強いドラムが引き継いだ。




 同時に、会場が眩しく照らされる。








 大歓声の中、weissのコンサートが始まった。








 初めのピアノソロを聴いて、隣で悶えていた女性と共に立ち上がり、フェリシアーノも叫ぶ。歌う。揺れる。飛ぶ。そして歌う。

 FIZの力強いがどこか妖艶な歌声と、それに応える様に謳うピアノの旋律と、RUDの鮮やかなスティックさばきとが、会場を一つにしていた。



 前半である第一部が終わり、休憩時間にエリザベータと興奮気味に語り合い(彼女の話は九割方ピアニストの話だったが)、 興奮さめやらぬまま始まった第二部も終わりに近づいた頃。


『今日来てくれたみんなに、weissからプレゼントがある!』

 突然、ボーカルがマイクに向かってそう叫んだ。


「っしゃぁ今日のメインイベントー!」

 隣で小さくガッツポーズをとる女性に、何だ何だ?と思っていると。


『俺たちの新しいCDが、今度の7月に発売される事になった!その中から、ボーナストラックを披露しちゃうぜー!』


 会場が沸いた。


『し、か、も!今回は俺はギターに専念する。歌うのはそっちのドラム叩いてるやつだ』


 今度は、おぉー、という声と、一部キャー!という声とがひびいた。





 フェリシアーノはというと。



「え、ちょ、な、ええええエリザベータさんいい今のきいた!?RUDが歌うってRUDがうたうたひゃふー!」
 おろおろし、エリザベータに確認し、なにやらもの凄いテンションでガッツポーズをとっていた。
 そして、隣の女性は。

「・・・わお。このハイテンション、イベントマジックってやつねー」
 そんな青年を面白そうに観察していた。









 ドラムセットの中に座るRUDの側に、マイクが立てられる。
 丁度口元に来るようにマイクの位置を確認して、口を開くその人の動きに、フェリシアーノの視線がじっと注がれていた。

(ヘーデルヴァーリめさっきからフェリシアーノの手ぇ握ったりやりたい放題やりやがって)

 本当に言いたい事は腹の底に鎮めて、RUDは言う。

『あー、歌うのは得意ではないんで、ヘタだったら耳塞いでてください』













『あー、歌うのは得意ではないんで、ヘタだったら耳塞いでてください』

 そう、言ったのは、RUDだ。だけど。

(あれ・・?RUDってこんな声だったっけ・・?なんか、RUDっていうより、他の人の)


 そこまで考えて、聞こえてきたメロディーに。

 そしてそのメロディーに合わせて流れ出した、歌の旋律とトーンと歌詞と、その歌声に。




 ・・・・う、そ。




(いつも、クローゼットの中で。)


 今、このコンサート会場で。


(歌詞は全然聴き取れなかったけど、)



『隣に居る、いるだけじゃ物足りない』
『君にこの歌を届けるために、俺はこの声を手に入れた』
『もっと、近づいて』
 聞こえてくるその歌詞。



(歌ってる姿は見たことなかった)



 目の前で、歌うその人が、フェリシアーノをまっすぐ見て。


 色の薄いサングラスの向こうで、自分にむかってウインクしたのが見えて。





 フェリシアーノは、気絶しそうになった。





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