「さて、エリザベータさん」
「なあに?ヴァルガスさん」
コンサートが無事終わり。
ファンでごった返していたグッズ売り場も随分はけてきた頃、青年はおもむろに切り出した。
「楽屋ってどっちですかね?ーー色々と、聴きたいことがあるんですが」
「・・・えーと、ヴァルガスさん・・怒ってる?」
「いいえ?」
にこりと笑ったその表情は、それはそれはにこやかだった。
10 二人でいるときが最高
「こら!ここから先は一般人はーー」
「はい、ご苦労様。エリザベータ・ヘーデルヴァーリよ」
そう言って携帯のストラップを見せると、警備員が「失礼しました!」と直立不動になる。
そんな現場を目撃するのも、これで三度目だ。
「・・・あの、エリザベータさん。そのストラップって・・・」
訊いてもいいのかな。でも訊かないと多分、これから先暫く眠れない気がする。
「これ?可愛いでしょー」
にこにこと指し示す指の先には、フライパンをかたどった、携帯ストラップ。
携帯とぶつかるたびに、カツン、と硬い音を立てる所からすると、プラスチックではなく金属で出来ているらしい。
・・・・それにしても、なぜフライパン。しかも警備員よ、なぜ黙る。
「それ、通行証か何かなんですか・・?」
そんなファニーな通行証があってたまるか。と思いながらも訊いてみると、
「ひみつ」
と、簡潔な返事が返ってきた。
と同時に、フェリシアーノはその謎についての探索を諦めた。
その間にも、二人はスタッフが忙しく行き交う舞台裏を通り抜けてゆく。
ここそこに音響の機械や照明器具、楽器などが置かれた中を通るのは、フェリシアーノにとっては初めての経験だ。
「・・・すごいなぁ・・・舞台の向こう側って、こんな風になってたんだ・・・」
天井板がなく、鉄のパイプが縦横無尽に組み合わされた頭上を見上げて思わず感嘆の声を漏らす。
そんな青年に微笑んで、エリザベータは扉が並ぶ廊下へと足を進めた。
「ここよ」
そう言って彼女が足を止めたのは、幾つも並ぶ扉の中の一つ、の前。
「ここ、に」
「中に誰が居るかはまぁ、お楽しみって事で。それじゃ、私はローデリヒさんの所に行ってくるから」
え、と驚いた様に自分を振り返る青年に、ごゆっくり、と手を振り歩き出す。
(後はまあ、どうとでもなるでしょ)
ローデリヒさんに会ったら、とりあえずその辺のスタッフに写真とってもらおう、などと考えながら、エリザベータはその場を後にした。
コン、コン。
控えめなノックに、
「どうぞ」
壁越しに聞き慣れた声が帰ってくる。
「・・・失礼します」
カチャリ、とノブを回して扉を開けた、その先には。
さっきまで舞台の上に居た人物が立っていた。
「・・・・よく、来てくれ」
「ーーはじめまして、RUDさん」
相手の言葉を遮るようにそう言うと、言われたその人は、薄色のプラスチックの向こうの目を少し大きくしたようで。
「ああ、ーーはじめまして。どうぞ座ってくれ」
「ありがとうございます」
薦められるまま、小さな丸机の向かいの椅子に腰掛ける間にも、彼の視線が注がれているのを感じる。
「フェリシアーノ・ヴァルガスです。今日のコンサート、凄く良かったです。楽しい時間を、ありがとうございました」
「それは、よかった。俺の方こそ、来てくれてありがとう。ーー遅くなったが、weissのRUDだ」
薄い色つきのサングラスを外して言うと、明るくなった視界の真ん中で。
彼が、綺麗に微笑んで、言った。
「うん、よく知ってるよ。ルーディー」
その時の彼の顔は、ちょっとした見物だった。
一瞬ぴたりと動きを止めて、「今こいつ何て言った?」という顔をした、次の瞬間。
かぁっと顔を紅くして、
「お・・おま、お前気付いてた、のか!?」
思い切り嚼みながら訊いてくるその慌てっぷりに、フェリシアーノはこらえきれず吹き出した。
「今日、RUDさんがあの歌を歌うまでは、全然気付いてなかったですけどね」
「そうか・・・」
どこかホッとしたように椅子に座り直す青年の、菫色の目をまっすぐに見て、琥珀色は口を開く。
「・・・どうして今日、俺にこの事を『気付かせた』のか、聴かせてもらえるんだよ、ね」
「あぁ、もちろん。ーーそのために、来て貰ったんだ」
手に持っていたサングラスを、机に置く音が、カチャリ。と響いた。
「ついこの間まで、マネージャー以外の誰にもこのことをバラすつもりはなかったんだ」
静かに話し出したその人の目線は、卓上のサングラスの上。
「でも、事情が変わった」
「事情?」
ちらり、と自分をみた目の色が、何か言いたげなのに気付いて問うと、相手は少し口調を明るくして、淡々と語り出す。
「ある朝、隣に住んでいる大学生が、凄く良い笑顔で俺に挨拶をしてきた」
「へ」
思いもよらない話の切り出し方に、間の抜けた声で相づちを打つが、テーブルの向こうの人は一向に気にせず続けた。
「引っ越しの挨拶の時に話したっきりだったその人が、何故かは分からないが、俺に『友達になりたい』と言ってくれた」
「う」
その内容に、フェリシアーノは短い返事を返すのがやっとだ。
あらためて言葉にされると、自分の行動がとても恥ずかしい。
「まさかいきなり夕飯を食べさせてくれるとは思っていなかったが、初めて食べた手料理は、驚くほど美味しかった」
「ど・・どうも」
「しかもそいつはweissが大好きだと熱弁をふるい始めた」
「そそそそのせつは」
「俺は一瞬ばれたのかと焦ったが、俺に向かってweissのドラムがどんなにいいかを力説されて、それはないな、と思った」
「・・・」
「あれは正直、恥ずかしくて身の置き所がなかったぞ」
「・・・・・あやまらないよ俺わるいことしてないもん。黙ってたのが悪いんだもん」
ぎゃーちょっとあの時の俺なにやってんの本人にむかってひー!、等と内心パニックになりつつも、どこか開き直った様に唇をとがらせると、
相手はそんなフェリシアーノに微笑んで、さらっと言う。
「確かにそうだがその顔はよせ。押し倒したくなる」
「へあ!?」
「ーーまあいい。それで、だ。ばれていないのならそのまま隠そうと思っていたんだが、さっきも言ったように事情が変わった」
「うん。それで、その事情って?」
さっきのアレはうん、冗談だよね。冗談。・・・冗談か。ちぇ。
・・・・・・・・ちぇって何だ俺!ていうか末期だな俺!あーもーだってルーディー舞台で来てた服のままだからいつもと感じ違って
これはこれで格好良いんだけどなんていうかこう、どきどきするじゃないかもーどーしよー
「・・・俺のことを、もっと知って欲しいと思った」
ぐるぐると考えていた頭に、耳から思いもしない台詞が飛び込んできた。
「え」
思わずぽかん。として聞き返すと、目の前の青年が、もう一度繰り返す。
「『ルートヴィッヒ』の俺だけじゃなく、『RUD』の俺の事も、知って欲しいと思ったんだ」
「ルーディー・・」
「俺は、普段はあんな感じだが、ドラムを叩いてるときはーー音楽をやってるときは、確かに『RUD』なんだ。音楽を生業に出来たのは、
相方が誘ってくれて、マネージャーが支えてくれて、フェリシアーノの様に、俺たちの音楽を好きだといってくれる人達が居てくれるからだ。
それは、俺一人では絶対にできなかった。『ルートヴィッヒ』には出来なかったことだ」
そう言って、少し視線を落とす青年に、フェリシアーノは何も返すことが出来ない。
「・・・・・」
「RUDは、確かに皆から好いて貰えているし、音楽をやっているときは楽しい。・・でも、そう感じるほど、俺は『ルートヴィッヒ』への
自信を無くしていった」
「・・・そっか」
「でも、そんなときにお前に会ったんだ」
つられてうつむき勝ちになっていたフェリシアーノが、はっと顔を上げると、机の向こうからまっすぐに自分を見る瞳があった。
「お前は、俺を。『ルートヴィッヒ』を、好きだと言ってくれた。親しくなりたいと、笑いかけてくれた。『RUD』ではなくて、『ルートヴィッヒ』
を。ーーすごく、嬉しかったんだ」
「うん。俺、ルーディーが、RUDが、大好きだよ」
バンドをしてても勿論好きだけど、してなくても。仮に、普通の社会人だったとしても、ルーディーが好きだよ。
そう言うと、相手は嬉しそうに、でもどこか切ない顔で笑った。
「ありがとう。それで、そのことで、俺からも言いたいことがある」
「何?」
「そのために、今日お前に知って貰いたかったんだ。俺が、『ルートヴィッヒ』であり、『RUD』であるという事を知って貰って、やっと
胸を張って言えるようになった。よく聴いていてくれ」
その、いつになく真剣な表情に、姿勢を正して頷く。
「うん」
そして、
「俺は、『ルートヴィッヒ』は、そして『RUD』は、フェリシアーノ・ヴァルガスが好きだ。愛している。だから、恋人になって欲しい」
サングラスも、メガネも、一切間に挟まずにまっすぐ目を見て言われた台詞に。
フェリシアーノは、またも気絶しそうになった。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
暫く、部屋には沈黙が満ちた。
「・・・・・・・・・・お前が」
そして、ぽつりと沈黙を破った声に、ゆっくりと琥珀色の瞳に焦点が戻ってくる。
「俺の事を好きだと言ってくれるのは、友人としてだというのは、分かっている。ーーもし、嫌悪感を感じたり、嫌だと思うのなら、今日の事は全部忘れて」
「忘れられるはず無いじゃん!!」
ゆっくりと紡がれていた言葉を遮ったのは、勢いよく立ち上がった青年の台詞だった。
「ルーディーから、いやRUDから?あーもうどっちでもいいや、とにかく貴方から!好きだと言われて忘れられるはずがないよ!バカにしないでよ俺の方が絶対好きだよ俺なんか、
俺なんかねぇ、ルーディーが俺の事知る前からずっと好きだったし、ルーディーが俺に初めて『おはよう』って言ってくれたときの声とか頭ん中でいつでも再生できるし、美味いって
言ってくれたメニュー全部覚えてるんだよ!!い、いつだって名前呼んで貰いたいし、ハグしたりチューしたりしたいと思ってるんだから、忘れられるはずない!!」
はー、はー。
言い切って肩で息をする青年を、ルートヴィッヒは座ったままぽかん。と見上げる。
「・・・フェ・・フェリシアーノ?」
「・・・・・!!!」
半ば呆然とその名を呼ぶと、青年は我に返って真っ赤になった。
「ああああの今のはその」
「じゃあ、返事はOKなんだな?」
「へ?」
「もう一度言う。フェリシアーノ、お前に俺の恋人になって欲しい。ーー返事は?」
手を広げて、おいで、のジェスチャーをしながら言えば。
「〜〜〜もちろん、Jaです!」
ずっと隣にいた琥珀色が、まっ赤な顔のまま、腕の中に降りてきた。
その後、フェリシアーノを椅子に座らせて、無言でいきなり開け放ったドアから、もう一人のweissのメンバーとそのマネージャーが転がり込んできたこととか。
「俺はやめようって言ったのにこの眉毛が」
「んだとコラ俺様になすりつけるとはいい度胸だ表に出やがれ」
と始まってしまったケンカを、慣れた様子で扉の外にけり出す様子を、あっけにとられながら見ていたりとか。
帰ろうとした所に、ローデリヒとエリザベータがやってきて、
「ルートヴィッヒのパートナーになるなら、私にとっては弟みたいなものになるのよね?嬉しいわよろしくねフェリシアーノ」
そういっていきなり頬にキスをされてしまい、ソレを見ていた片割れ二人が盛大に渋い顔をしたりとか。
会場を出るまでに、色々な事があったけれど、
「ただいまー!!そんでおかえり!」
「ああ、ただいま。そしてお帰り」
エレベーターを降りて、エレベーターの中からずっと繋いでいた手が離れる前に、
ちゅ、
ふれるだけのキス。そして微笑み会って、
「夕飯できたら呼ぶね!」
「ああ。その間に着替えてくる」
それぞれの家のドアを開けて、そして閉める音がした。
そして今、ヴァルガス家のリビングで、ルートヴィッヒはその隣人を膝に抱えて座っている。
ようやく手に入れたぬくもりを腕に抱いて、ほう、と息を吐くと、腕の中の琥珀が口を開いた。
ねぇ、二人で居ることが最高だと思える俺たちは、きっと。
世界で一番幸せな二人、だよね!
そんな事を言う唇に、笑みの形の唇がそっと触れる。
とろけるようなキスの後、唇が離れる間際、大好きな声で「もちろん」と言われて、フェリシアーノは思いっきりその隣人に抱きついた。
おしまい。
「そういえば、どうして『RUDが歌ったら』解ったんだ?」
「・・・・・・・・・・愛の力で。」
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と、いうわけで、これにて「初めての恋」はお終いです。
長い間、「続きを楽しみにしています」と言い続けてくださった(ホントに長い間・・・ホロリ)皆様に、地球をまるっとカバーしちゃうくらいの愛を込めて。
皆さんの励ましのお蔭で、拙いながらも完結させることが出来ました。本当にありがとうございました。
これにて一段落ですが、監理人はパラレルが三度の飯くらい好きなので、きっとまた平行世界の彼らを連れてくると思います。
よかったら、また次の世界で。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
09.06.17 伊都