「お疲れ様、フェリシアーノ」



「え。あー・・・え?」



 ドウシテ、コノヒトガ、ココニイルンデショウ?




 かくん、と頭が傾いだのに合わせて、月が斜めに傾いた。





08 貴方に心させたくないから  





「あれ?ルーディー1人?・・・あの美人さんは?」

 何とか平静を装って話しかけたものの、流石に”彼女”とか”デート”とかいった言葉はハードルが高い。


(正直、失恋したてで顔見るのって、つらいんだよねー・・・)


 その金髪が視界にはいるだけで、少し世界がぼやけた気がして、あわてて足下に視線を降ろした。

 それでも、耳に入るのは、何の因果か初めに惚れ込んだその、声で。


「先に帰った。その、折角だから一緒に帰ろうかと思って、待ってたんだ」

「え・・・な、なんで!?ダメじゃんちゃんと送ってあげなきゃ!!か、彼氏失格だよルーディーってば」

 もー、なんで俺なんか待ってるのさ。


 震えそうになる声をなんとか押しとどめ、目の前の青年の横をすり抜けようとして、

「言っておくが、彼女でも彼氏でもないぞ」

 横から聞こえた台詞に、思わず足を止めた。




「彼女は俺の従兄弟の婚約者で、エリザベータ・ヘーデルヴァーリという。来月挙式するにあたって相談がある、というので、 食事でもしながら話そうという事になったんだ。・・・まさかフェリシアーノがここで働いているとは思ってもみなかったが」

「従兄弟・・・の、婚約者・・?」


 半ば呆然と呟くと、


「そうだ。ーーといっても、従兄弟とは兄弟の様なモノで、あいつは昔から従兄弟に惚れ込んでたからな。実の姉のようなもんで、 どうにも勝てた試しがない。悪いやつではないんだが、正直ちょっと苦手、だな」

 少しおどけた様な声で、そんな返事が返ってきて。

 ほっとしたのと、嬉しいのと、その他諸々の感情で、自分がどんな顔をしているのか、ちょっと良くわからない。
 それでも、さっきまでよりは随分マシな顔に違いない。
 にこ、と笑った視線の先で、相手もホッとしたように笑ってくれたのを見て、気分は一気に上昇した。


「そぉ・・だったんだ。えっへへなんだぁ、俺てっきりデートかと思っちゃった!従兄弟のお姉さん、になる人かぁ。綺麗なヒトだったねぇ」

「まぁ、一般的にみても美人の部類に入るとは思う。ーーーフェリシアーノは、その・・・」

「うん?俺が、なに?」

「・・・あー、その、車で来てるんだが、乗って帰るか?」

「わーありがとう!お世話になります」

「いや、俺が一緒に帰りたかっただけだから、気にすることはない」

「えへへ。ルーディーやっぱ優しいね大好き!」


「・・・はぁ!?」


 突然耳に入ったその台詞の内容に、思わず車のキーをとりおとした。
 拾わなければ、という思考にすらたどり着かず、目の前でかがむ茶髪を呆然と見ていると、はい。という声と共に、落としたキーが差し出される。


「・・・・・・・・正気か?」

「もちろん。ルーディーの優しいトコとか、年上にみえてやっぱり同い年なトコとか、声とか、全部大好きだよ」

 
 

 なんだこの可愛げに溢れた生き物は。


 ・・・というかむしろ、録音、しておけばよかった。




 あまりにも自分に都合の良い台詞を耳にした感想が、よりによってコレ、ってどうなんだ自分。
 
 ーーーいやいやいや待て俺!もっと他に考えることがあるだろう!!


 

「る・・・ルーディー?どうかした?」

 ぐるぐると空回っていた思考は、少し心配げにかけられた声に回転を止めた。

「・・・あ、いや」

 のぞき込んでくるその琥珀色の瞳に、なんとも言えない表情の自分が映っている。


「ルーディー?鍵、ないと車動かないよー?」


 







 その、琥珀から。 自分の名を紡ぐ、その唇から。














 目が、離せない。







「ルー、ディー・・?」













 惹き寄せられるままに、その瞳に近づく。

 





 その唇に触れるまで、



 あと、数センチ。






















 突然黙り込んでしまった相手に、どうしたんだろう、と顔をのぞき込んで、フェリシアーノは動けなくなっていた。

 見たことのない、不思議な色が、ノンフレームのメガネの向こうに浮かんでいて。



(・・綺麗)


 すいこまれそう、だ。

 ・・でも、なんで近づいてくる感じがするん だ、ろう
















 ーーーーーー♪〜♪♪〜〜〜♪〜
















「ーーー!!?」
「・・・っあわ、あ、俺の!?」


 突然鳴り響いたメロディーに、大きく肩を篩わせて、わたわたとポケットから携帯を取り出す。
 メールの着信を示す光の点滅を見て、ふとさっきまでの自分を思い出し。

「ーーーーーーーー!!!!!」

 言葉にならない叫びを上げたくなるほど、フェリシアーノは一瞬で真っ赤になった。

















 後頭部を鈍器で殴られたような衝撃だった。

 吸い寄せられるように無意識に動いていた身体を留めたのは、電子音が奏でるメロディ。
「ルートヴィッヒ」が、「RUD」であることを、己に突きつける、その音。


「ーーー着信も、Weissなのか?」


 着信がなったことが恥ずかしいのだろうか、真っ赤になって携帯を握りしめる姿に静かに問いかける。
 彼は、先ほどまでの自分がなにをしようとしていたのか解っているのだろうか。

(・・まさか、な)


「う・・うん、俺、まだ携帯古くて、着メロなんだけど」
 早く着うたにしたいんだけどねー、

 紅い顔のままぎこちなく笑う顔に、ルートヴィッヒは拳を握りしめた。








ーーーこのままでは、言えない。

 





 自分が何者なのか、
 どんな人間なのか、知って貰わなくては。
 その上で、「ルートヴィッヒ」として、そして「RUD」として。



「フェリシアーノ」


 それで失望されたとしても、逃がすつもりなど毛頭無い。



「うん?・・ていうかどうしたのルーディー顔ちょっと怖いよ」
「ーー今度のWeissのコンサートチケット、もう取ったか?」
「ううん。こないだ先行販売に頑張って電話したんだけどダメだったんだよねー」
「そうか。ちょっとツテがあるから持ってきてやるよ」
「ホント!?やったぁそっかルーディー音楽系の」

「ただし条件がある」
 喜びのあまり飛び跳ねそうな相手の言葉を遮るように言うと、ぎくりと動きを止める。

「・・・え?・・もしかして凄く高い、とか?」
「いや、寧ろタダでいい。そのかわり、コンサートが終わったら楽屋に行ってくれないか」

 言われた台詞の意味を理解できなかった、という様に、フェリシアーノは何とも言えない顔をした。

「・・・・・・・・はい?」

「だから、コンサートが終わったら楽屋に行ってくれ。警備には話を通しておくから」

 そんな彼に苦笑して繰り返すと、漸く意味をのみこめたようで。

「え・・え?なんで!?ていうかなにそれどっきり!?ーーホントに大丈夫なの!?」
「いいんだ。そこで話がある」
「う、うん。わかった、終わったら楽屋、ね」

 とりあえず、当日はFIZ達とは別に部屋を取って貰おう。
 あいつらの出歯亀を防ぐために、本田には事情をはなしておかなければ。
 などと考えながら、納得したらしい相手の背を押した。

「よし、そうと決まったら帰るか」


「そうだね!ルーディー車どこ?」

「駐車場だ。ーーあ、言い忘れていたが」

「ん?」

 ちゅうしゃじょぉー。ぎんの車〜。
 と不思議なメロディーを奏でながら前を歩いていた頭が、くるりと振り返る。

 月を映して不思議な色に染まるその琥珀をしっかり見て、口を開いた。

 とりあえずは、『ルートヴィッヒ』からの、捕獲開始の合図。




「『俺』も、お前の事気に入ってるからな。ーー好いてくれて、ありがとう」



 お前を困らせるかも知れないが、不幸にするつもりは毛頭無いから。

 覚悟、しておけ。


 















「俺も、お前の事気に入ってるからな。ーー好いてくれて、ありがとう」


 そう言って、月明かりの下笑った顔が本当に格好良くて。


 さっきまで厨房で泣いていたのがウソのように、天にも昇る気持ちになったのは、秘密。
 好きだなんて、勢いでつい言っちゃったけど。

 それが恋愛感情だと言ってしまえば、優しいこの人はきっと困ってしまう。
 俺が受けるショックを思って悩んで、心配するんだろう。


 だから、貴方に心配させたくないから。
 この気持ちは、俺の、秘密。





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