「フェリシアーノ!手が空いてたらこっち出てくれ!!」

「はぁい!」

 
 接客の人出が足りない、というチーフの指令に、青年は前掛けを外しながら答えた。






07 微笑み返す表情が 







「お待たせ致しました、カルボナーラの」
「フェリシアーノ!?」

 
「ルーディー・・俺、カルボナーラのフェリシアーノなんて名前じゃないんだけどなぁ」


 セリフの途中で遮られた声に、苦笑しながら答える視線のその先には、今ではもう見慣れた隣人がいた。




「ここで働いていたのか」

 いつも見上げる顔が、自分を見上げてくるのがくすぐったくて、視線を合わせづらい。

「そ。いつもは厨房の方なんだけど、今日は人手不足でこっちを手伝ってるんだ。・・・さめないうちに、どうぞ」

「あぁ、頂こう」

 なんか恥ずかしいなぁ、そう言いながらにこりと笑って進めると、相手もくす、と笑ってフォークを手に取った。


 その笑顔に、少し高鳴った胸が。ーー次の瞬間、凍り付いた気がした。





「ルートヴィッヒ!久しぶり。ごめんなさい、待たせちゃった?」



 あ、すみません私にもメニュー頂けますか?



 そう、言いながら、当然の様に隣人の向かいの席につく、女性。





 薄い栗色の長い髪に、タートルネックのニットワンピース。髪につけた小さめのコサージュが、フェリシアーノを振り仰いだのに合わせて小さく揺れる。





ーーー綺麗な、ヒトだ、なぁ


・・・ていうかデート?デートデスカ。デート、です、よ、ね。





「・・・フェリシアーノ?」

 ずくりと痛んだ胸を抱えたまま、女の人のピンク色の唇が動くのを見ていると、少し気づかうような声が、向かい側からかけられた。

「ーーー!申し訳ありません、貴女のあまりの美しさに思わず・・すぐにメニューをお持ちしますね」
「え、えぇ。・・・面白い店員さんね」

 慌ててにこりと笑って小さく頭を下げると、ちょっと驚いた様な表情の後に、くすくすと笑う声が聞こえる。
 笑っているけれど、馬鹿にしたようなそれではなくて、人当たりの良い。



 それ以上、その女性とルートヴィッヒが一緒にいる所をみたくなくて、フェリシアーノはその場から逃げ出した。









「カリエド兄ちゃん!!一生のお願い、ホールスタッフ変わって!!!」

 もの凄い顔色で厨房に飛び込んできた弟分から、これまたもの凄い勢いで拝み倒されたアントーニョは、ボールを抱えた格好のままぽかん。と口を開けた。

「な・・・なんやどうしたんやいきなり。ホールで何かイヤな事でもあったんか?」

 とりあえずそう尋ねると、フェリシアーノは視線を落としたまま、イヤな事って言うか、そうじゃないような、そうなような・・と煮え切らない言葉を口にする。
 その様子は、普段の彼からすると想像も出来ないほど困惑したそれで。


「わかった。他ならぬフェリシアーノの頼みやし、兄ちゃんひと肌脱いだるわ!」

 にかっ、と笑って答えると、青年はほっとした顔で、ありがとう!と笑う。

 その笑顔に安心してエプロンをはずし、背を向けたカリエドには見えなかった。

 フェリシアーノの顔が、くしゃりと泣きそうに歪んだのが、見えなかった。









「・・・で、ルートヴィッヒさん?さっきの店員さんとは、どういうカンケーなわけよ」

「どういうって何だヘーデルヴァーリ。ただの知り合いだ」

「うそおっしゃい。タダの知り合いにあんな笑顔見せるハズないでしょ」
「笑顔ってお前・・一体いつから見てたんだ」

「あの子が『お待たせしました〜』って来たのをみて、アンタがビックリしながらすんごい嬉しそうにしてたトコ〜♪」

「ば・・な・・っ最初からと言え最初からと!!寧ろ来てたならさっさと声をかけろ!」
「いや〜なんか邪魔するのも悪いかと思って〜」

「変に語尾を伸ばすな。・・・というか、悪いと思ったならそのまま帰ればよかったんだ」

 ため息の後に、何かふっきれたような声でぼそりと告げられたセリフで、エリザベータは一瞬真顔になった。

「ルートヴィッヒあなた」
「失礼致します。お待たせ致しました、メニューになります」

 台詞の途中で差し出されたメニューと、そこに立つ青年。

「あれ?」
「・・・」
「何か?」

『誰こいつ』といわんばかりの目で二人から見られ、アントーニョは困ったように笑って見せる。

「あの・・フェリ、いやヴァルガスは、どうかしたんですか?」
「ごめんなさい、てっきり彼が持ってきてくれるとおもっていたものだから」

 金髪の男性の台詞に、栗毛の女性が声を合わせた。

「あ、フェリシアーノの知り合いやったんや。いや、なんかあいつ突然変わってくれー言ってきて。体調悪くした感じでもなかったんやけど、ちょっと泣きそうやったし、なんかヤな事あったんかなぁーーってお客さん?」

 ガタン!!

 音を立てて席を立った金髪と栗毛に、どうかしたのかと声を掛けると、二人はお互い顔を見合わせる。

「・・・何でお前まで立つんだ」
「馬鹿にしないで頂戴。さっきの彼の顔、気付かない私じゃないわよ。で、あなたは何故立ったの?」
「・・・・・・・思わずだ」


「ふぅん、そう。ーーーてなわけで、店員さん」

「へぇい!?」

 突然話が自分に舞い戻り、思わず変な声が出たが、目の前の女性は気にした様子もなく。

「従業員のみなさんはどちらから出入りされてるのかしら?彼に、ちょっと用があるのだけど」
「え・・いや、でもあいつ今厨房やし」
「大丈夫、出口だけ教えて頂ければ。この人何時間でも待つから」
「待つって・・上がりまであと3時間はありますよ」

「いいから。お・し・え・な・さ・い」
「店の左側通路の奥ですごめんなさい」
「ありがとう。あと私に地中海風リゾット一つお願いね」
「イエス、マム」

 何故か敬礼して去ってゆく店員に、心の中で小さく頭を下げ、ルートヴィッヒは席に着くとエリザベータに向き直った。


「あいつの顔、気付いたって、何にだ」

「・・・ソレ、他人に聴いちゃうの?ていうか私に聴いちゃうの?知らないわよぉ後で後悔しても」
「ーーー言っておくが、俺にとってあいつはただの知り合いじゃない。泣きそうだと言われて、あぁそうですかとは言えないんだ」

 前言撤回するようで悪いが、ここは譲れない。

 そう言うと、目の前の女性は少し驚いた様に目を開き、ついでふわりと微笑んだ。
 だがその笑みも次の瞬間には消えて。

「そう言われちゃうと、尚更言えないわ。私は彼じゃないから。彼に直接聞いて頂戴」

 静かに言い切って、水を飲む女性を、ほぼ睨むといってもいい目で見るも、エリザベータは微動だにしない。

「・・・・・わかった。後で自分で聴く」

 とりあえず、今日の用件をすませよう。


 そう言って再びフォークをつけたカルボナーラは、少し冷たくなっていた。













 トトトトトトトトトトトトト。

「あー涙でてきたーちくしょー目ぇ痛いー」

 目だけじゃなくて、心臓も痛いー。

 小さく呟きながら、フェリシアーノはタマネギをひたすらみじん切りにしてゆく。



 俺、ルーディーの事、すんごい大事な友達、とか、ちょっと憧れる同い年。とか思ってたけど、違ったみたい、だなぁ。



 はぁ、とため息をついて、また包丁を振る。

 小さな小さな、目に見えないタマネギの粒子が、鼻粘膜と角膜を刺激して、涙がぽろり。ところがりおちた。






 彼の、俺に微笑み返してくれる顔が、すき。




 ・・・ルーディーが、すき。




 同い年なのに自分より大人っぽくて、堅そうに見えて実はラフなトコもあって、何より優しくて、素敵な声の持ち主。
 自分の料理を、おいしいって食べてくれた時の、あの顔。




 初めは声が聴きたいだけ、だったけど。


 思えば、その時から既に、惹かれてたの、かも。





「あー・・・でも、」




 気付いた瞬間失恋かぁ。そう思うと、また涙が溢れた。

 



「あーホントタマネギのみじん切りって目にくるー」



 鼻をすすり上げて、溢れる涙をタマネギの所為にして。






 パスタを茹でる湯気が立ちこめる厨房の中で、フェリシアーノは少し泣いた。





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