たとえば、自分にはさっぱりわからない内容を、他の奴と話しているのを見てしまったときとか。





05 貴方でめ尽くされた頭の中





「あれ?ルーディーだぁ」

 うわぁ夜に外で会うの珍しいねぇ、仕事だったの?


時計の針がもうすぐ日付をまたごうかという時間だった。
レコーディングが押して、打ち合わせなど諸々をすませると、いつのまにかそんな時間になることも少なくなくて。

一人マンションのロビーでエレベーターを待っていた背中にかかった声に、ルートヴィッヒは目を見開いた。


「・・・そう、だが。お前こそこんな時間に外に」


振り向いて、言いかけて、声がでなかった。




外はまだそんなに暖かいわけでもない春先に、何やら運動をしたのだろうか、少し上気した頬。
困ったようによせられた眉は、いつもよりその表情を大人びてみせていて、


そしてなにより。



「シアーノーこいつ誰なん?」
「お隣さんだよ。ていうかフェリクス自分で歩いてよおもいー」


フェリシアーノの首にぐるりと腕を回し、甘えるように体重をかけてみせる、フェリシアーノより一回り小さな、金髪。


何だ、この状況は。というより寧ろ、誰だそいつは。

思わずその首に回った腕をひねり上げたい衝動に駆られた脳に、「ぽーん」というエレベーターの到着を告げる、間抜けな音が飛び込んだ。

突然言葉を失ったルートヴィッヒをさほど奇妙には感じなかったようで、フェリシアーノはエレベーターに乗り込むと、普段二人しか押すことのない階数を押 す。


気まずい沈黙が暫く満ちたエレベーター室内に、突如脳天気な声が響いた。


「あーわかったし。お隣さんって、シアーノが研究室で色々言ってたアレ?」

「色々ってちょ、フェリクス!」


突然の暴露話な雰囲気に驚いてそちらを見れば、なにやらあたふたと顔を紅くしているフェリシアーノがいて。

む。

なにやら自分の中でイラっとする物を感じていると、声は更につづく。


「俺今日ついにお隣さんと話しちゃったー*とかマジ大声で言いふらしてた。隣の部屋でもばっちし聞こえたしー」

「ギャー!!」


「今日知らないヒトが一緒にいて、挨拶して貰ったけどいい人そうだったーとかな」
「わーー!!」

「あのヒトルーディーのむぐぐ」
「フェリクス!!それ以上言うとフェリクスから頼まれてたデータ解析手伝ってあげないからね!」
「言うとっていうか口ふさがれたら言えるもんも言えんし!苦しいってマジで!!・・・でもまぁ謝っとくいちおー」

 解析一人でやるとかマジ人間業じゃないし。


しぶしぶ、と言った風に、金髪おとなしく口をつぐんだところで、丁度エレベーターが停まった。


「・・・今日はお泊まり会か?」

はいはい歩いてー。と連れをせき立てながらエレベーターを降りる背中に声を掛けると、


「会っていうか・・研究が一段落したから飲みに行ったら終電なくなっちゃって。どうせ明日も大学だし、俺ん家で保護?みたいな」

振り返って苦笑する顔が、なんだかいつもよりこわばって見えて。


 保護なら警察にしてもらえ。   とか。

 泊まりに来るほど仲の良い間柄なんだな、   とか。

 二人でどんな話をするんだ。    とか。

 
とても口には出せない言葉がのど元でうずまいて、どれを言うべきか瞬時の判断ができず。
結局とんでもないセリフが口からとびだした。



「今度お前もうちに泊まりに来いよ」
 お前の保護なら俺がしてやるから



言った後で「何を馬鹿な事を」「隣同士て間取りも同じなのにわざわざ泊まりに来るメリットなんかあるはずもない」などなど。
自分らしくもない発言を悔いたのもつかの間、


「うん。うん!!絶対いく!!ルーディーもいつでも俺ん家泊まりに来てね!隣だけどあはは!」


ぱぁ、と顔を輝かせた相手のセリフに、完全に毒気をぬかれた。

「シアーノ鍵はやく空けてー。俺めっちゃトイレいきたいんだけどマジで」
 もれるー、と首を絞めにかかる友人を制して、ポケットから鍵をとりだすと、青年は扉を開けてふりかえる。
「じゃ、また明日!おやすみ」
「ああ、お休み。・・あまり夜更かしするなよ」
「あはは!多分すぐねるよ。ルーディーもちゃんと休んでね」


 扉が閉まるのを横目で見ながら、自分の部屋の鍵を回した。

 
 
 部屋に入って電気をつける。


 冷蔵庫から缶ビールをとって、椅子に腰掛けテレビの電源をつけた。




 そう大きくはない隣からの物音が、かき消されるくらいの、音量。




「休めるものか」




 小さく呟いて、ビールを流し込む。




 頭の中に浮かぶのは、隣人の事ばかり。
 研究室では、どんな顔をして、どんな話を。どんな相手と、俺の事もどんな風に?
 泊まりに来るほどの仲の友人はどのくらい居るんだ、どんな風にもてなす?あの笑顔を一晩独占する奴は、どんな気持ちで隣に眠る?
 布団に入って、小さな声で色々と話すのだろう、どんな内容を?

 俺が知らない隣人を知っている、あの人間は、フェリシアーノをどう思っている?

 あの食事も、笑顔も、会話も、俺にだけ向けられていればいいのに。



そこまで考えて、はたと動きをとめた。




これではまるで、




「・・・・・馬鹿か俺は。」

 フランセーズの馬鹿が移ったのか?などと失礼な事を考えながら。


隣人で埋め尽くされた頭の中を整理することも出来ず、ルートヴィッヒは全てを忘れて布団にもぐることにした。




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