歌を、歌って。


声を、聴かせて。


その声で、名前を。

その手で、髪を。


その声を、歌声を持つ貴方に。




会いたい。




02. く早くあいたくて 




「俺・・病気かもしんない」

 バイト中、パスタを茹でながら隣に立つ青年に突然そう言われ、アントーニョはもう少しで自分の指を切り落とす所だった。

「あっぶなー!!俺今本気で背中凍ったわ!いきなり何いいだすんや!・・ってフェリシアーノ、どこか悪いんか?」

 心配顔でそう言われ、実はね・・と離そうとした所に、新たなオーダーを告げるスタッフの声が響く。それにつづくチーフの声に、二人は慌てて手元の作業に意識を戻した。

「また後でな」

 アントーニョのウインク付きのセリフに、フェリシアーノは軽く微笑んで頷く。
 ザルにあげたパスタがもうもうと湯気をあげ、一瞬その視界を白く染めた。




「で、どうしたん?何処か調子悪いんか?」

 シフトが終わり、ロッカー室で着替えながら先ほどの話題を改めてふってみる。
 得に顔色も悪いわけではないようだが、と続けると、青年はシャツを脱ぐ手を止めてうつむいた。

「あのね、・・・隣の人の、ことなんだけど」

「隣?どこの?」

 突然飛び出した単語に、ぽかん。と聞き返すと、フェリシアーノはボタンをくるくると回しながら頬をふくらませる。

「家のだよ。俺ん家、マンションの半フロアなんだけど」
「半フロア!?なんやソレ広すぎるやろ!!お前一人暮らしって言っとったやん!!」
「いやあの家賃払ってる訳じゃなくて、俺の爺さんが持ってたの。遺産?って奴で俺が使っていいって事になって。それでね、その、隣の人がね」

 そこまで言って言葉を濁らせる青年に、アントーニョも顔を曇らせる。

「どうしたんや。何か嫌がらせでもされたんか?最近は訴えたら結構勝てるらしいでそういうの」
「いやいやいや全然そんなんじゃなくて、寧ろ逆、みたいな。・・・全然、接点がなくて」


「・・・・・・・・・・それの、どこが悪いのか俺にはわからんのだけど」

 別にワンフロアに二つしか家が無いからって、そんなご近所づきあい頑張らんといかんとかいう訳でもないやろ。

「そうじゃなくて、ええとね、俺は、そのお隣さんと、もっと仲良くなりたいなっていうか。声、聴いてるだけじゃなんかものたりなくなっちゃって。話とか、 してみたいなって」

「・・・・・なぁフェリシアーノ。話してへんのに何で声聴いとるのか、俺きいてもええんかな」

 なんかヤな予感するわー。

 そう言ってぱたん、とロッカーの扉を閉める相手に、フェリシアーノは乾いた笑いを浮かべた。







「・・・いやいやいやお前それ思いっきり犯罪やろ」

「俺もそう思うから困ってるんだよ・・・」

 場所を近所の公園に移して、それまでのいきさつを話すと、案の定アントーニョはかくんと顎をはずした。
 予想通りの反応に少し苦笑して、青年はでもね、と言葉を続ける。

 今更やめるなんて出来ない。あの声が聞こえなくなるなんて、つらすぎる。

「どうにかして、友達になったりとかできないかな・・?」

 
「・・・・世間では、そういうのをストーカーの先駆けっていうのかも知れんけど。ーー俺はフェリシアーノが良い奴やって、知っとるからなぁ。そういう風には思えんなぁ」

「・・ホント?」

「ほんまほんま。お前ええ奴やもん。そりゃちょっとみないくらいヘタレやけど、そのへんは俺も人のこと言えたもんやないからな! ・・とりあえず階段とかロビーとか、たまたま会えそうなトコで声掛けてみるしか無いんちゃう?ーーお前に『友達になりたい』って言われて断るのとか、そうそうおらんで」
 
 そう言って笑ったアントーニョの笑顔に、フェリシアーノは心がふわりと軽くなった気がした。

「そっか。悩んでないで『友達になってください』って言えばいいんだよね。お隣さんなんだし。」

「そーそー。盗聴してたコトさえ隠しておけば大丈夫や! なんか飯でも作って、『余ったからどうぞー』みたいなのでもええしな」

 既に半分面倒になってきたようだが、そんな投げやりな雰囲気にもフェリシアーノは気付かない。寧ろ目を輝かせてたちあがり、

「そうだね!さっすがカリエド兄ちゃんあったま良い!!」

「やーまーそれほどでもあるけどなー」

「じゃあ俺、頑張ってお隣さんに話しかけるね!」

 と駆け出した背中で、謎の髪の毛がくるんとはねていた。


「頑張るのはええけど、座り込みとかすんなよー?つかまるでー!」

 
 後日、「あのとき最後に兄ちゃんが言ってくれなかったら、俺普通にやるつもりだったよー!」と笑顔で言われ、最後にこの言葉を掛けた自分を誉めたのは言うまでもない。




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