「ただいまー」


 ドアを開け、靴を脱ぎながら声をかけるが、それに応える声はない。


「今日は何つくろうかなー」


 誰に話しかけるでもなくセリフを口にだしながら、青年は部屋の電気をつけた。






 01 明日が待ち遠しい    







「ごちそうさまでした」

 カラになった食器の前で手をあわせ、流しに放り込むと、青年はちらりと時計を見る。
 それからおもむろに、居間の壁の一部に一体型の、クローゼットの戸を開けた。

「よっと」

 そして慣れた様子で、その中に潜り込む。
 内容物のほとんど無いクローゼットの中、壁ギリギリの所にすとんと座り込み、ぺたりと壁に耳を付けた。



『 〜〜  〜 ♪ 〜 』


 くぐもった声が、その耳に届く。
 歌詞までははっきりとは聞き取れないが、ハッキリとわかるその旋律。



 低めのバリトンに耳を傾けながら、フェリシアーノはうっとりと目を閉じた。












 初めてその歌声に気付いたのは2週間ほど前、本当に偶然のことだった。

 クローゼットの奥にしまい込んでいた昔のプリントを探すべく、久しぶりにクローゼットをカラにした。
 そして意外に広いその空間に、興味本位で座ってみたときのことだ。


「・・・・うん?」


 部屋の壁よりも薄くなっているのだろう、背中から伝わる微かな振動が、音となって耳に届いた。
 試しにぺたりと耳を付けてみると、確かに旋律を奏でていて。


「きもちいい、声だな・・」


 その日から、クローゼットにもぐりこむのが彼の日課になった。








 



『 〜 ♪ 〜〜 。」

 あ、終わった。

 ふつりと途絶えた声に、フェリシアーノは目を開けた。ごそごそとクローゼットから這いだし、時計を見ると、きっちり30分。

「やっぱり時間通りだ」

 彼はいつも時間通りに歌い出し、時間通りにやめる。
 いつも同じ曲ばかりを歌い、音の不安定な所を何度も繰り返す。
 そして聞き惚れるのは、その心地よいバリトンと、旋律。

 それにしても。

「何の曲かな・・?聴いたことないんだけど、何か知ってる感じの・・」

 首をかしげながら部屋を見回して、目にとまったCDラック。

「あ。そっかそうだ!Weissの曲に雰囲気似てるんだ!」
 すっきりした、という顔で手に取ったのは、数枚並んだCDの中の一枚で。
 ジャケットには二人の男性と、「Weiss」の文字。
 ボーカルのFIZ(フィズ)とドラムのRUD(ルート)で結成された、最近人気の出てきた二人組のバンドだ。

「俺、デビューしたときからWeiss大好きだからなー。あーあの声でWeissの曲歌ってくれたら最高だろうな・・」
 半ばうっとりとCDを抱きしめるその姿は、ちょっと異様でもある。
 まあ、他に見る者もいないので問題はないのだけれども。

 CDをかかえたまま、ころんとカーペットに転がって、フェリシアーノは天井を仰ぐ。


「どんな人なんだろ・・」


 毎日歌声を聞いている癖に、殆ど話したこともない隣人を思い浮かべて、フェリシアーノはくすぐったそうに微笑んだ。



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