こちら の転生ネタの仏英バージョンです。

CPは仏英で、英が女の子です。
女体化ダメ、絶対。という方はこの場でリターンプリーズ。


女体化オッケーどんどこーい、な素敵なお方は↓よりどうぞ*



1 英と米
2 英と仏
3 英と仏
(一応完結済み)





























 午前7時。

 冷たい水で顔を洗い、タオルから目をあげた先。
 鏡に映った自分の部分的にはねた髪を手でなでつけ、洗面所を後にする。
 板張りの廊下に、スリッパの音を響かせながら向かった部屋の扉の前で、一旦停止。
 コンコン、とノックするも、内部からの返事はない。

 はぁ。

 一つため息をついて、息を吸って。



「朝だこら起きろ寝坊助おやじ!!」



 ドカドカと扉を蹴る音とともに、今日も怒号が響きわたった。





「おはようアーシィ」
「おそようお父様。・・その呼び方やめてくれって言ったはずだけどな」
「ああ確かに言われたな!」
 むしろここんとこ最近毎日言われてる、と涼しい顔でコーヒーをすする男性に、向かいに腰掛けた人物は拳をふるわせる。
「聴いてるなら改めろ!人が嫌がることはするなって学校で習わなかったか?」
「最近の学校はそんなコトまで教えてくれるのかい?学校も変わったなぁ、俺が行ってたときには特には教わらなかったぞ」
「そりゃアンタに学習能力がないだけだろ。たまに帰って来たと思ったら寝坊ばっかしやがって」
「いいじゃないかアーシィが起こしてくれるんだから。起こしてもらえるのに自力で起きるのはナンセンスだよ」
「意味わかんねぇよ自分で起きろよ。つか仕事先で大丈夫なのかいつも」
「大丈夫だからこうして食って行けてるんだろう?そんな事もわからないのかいアーシィ」
「〜〜〜このメタボが!ああ言えばこういう!!」
 いっそ目の前のトーストを顔にぶちまけてやりたい、とも思うが、後かたづけをするのは自分だと思うとそれも出来ない。ああ悔しい。

「・・ったく、どうしてお前が父親なんだ」
「いやーその点については仕方ないんじゃないかな?親も子も選べないし」
「そういう意味じゃない」
「じゃあどういう意味だい」

 さっぱり見当がつかないよ、と自分をみる男に、もう何度目だか解らない、深いため息がでる。

「ーーーなんでもない。ホラ、さっさと食べろ。仕事行くんだろ」
「変なアーシィだなぁ」
「だからその呼び方やめろって!」
 頭なでようとすんな!子供じゃないんだから!

 伸びてくる手をよけながらそう言うと、「何言ってるんだい、君は俺の子供だろ」ときた。

(〜〜だから、どうして「アルフレッド・ジョーンズ」が「アシュレイ・カークランド」の「父親」なんだ!!? しかもさっっぱり覚えてないし・・いや覚えてたら色々面倒だけど・・)

 死別した母親の姓を名乗ってはいるが、たしかに戸籍上も自分の「父親」である男ーーサンドイッチをのどに詰まらせてコーヒーをがぶ飲みする45歳ーーを見て、一体何度目になるだろうこの疑問。
 考えても仕方ない、と自分に言い聞かせて、自分の為にいれた紅茶をすする、アシュレイ・カークランド、21歳。
 イギリスと呼ばれた男の記憶をもつ女は、整えてはいるものの太めなその眉を寄せて、また一つため息をついた。


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【アシュレイ・カークランド】(イギリス)
 記憶有り、♀。大学で経営学を学んでいる。
 将来の夢は起業して子供に夢を与える仕事をすること。妖精とか今は見えないけど、見えてた事を覚えてるので存在は信じてる。
 物心ついた頃当初は、アメリカが父親という状況に混乱してました。
 母が死んでからはロンドンで(基本)一人暮らし。

【アルフレッド・ジョーンズ】(アメリカ)
 記憶無し、♂。よく分かんないけど技術屋(ひどい)。
 出来るんじゃないかな!と思った事はごり押しでプログラム組んで動かしちゃう腕を買われて、世界中を飛び回る日々。
 家はイギリスとアメリカに一軒ずつ。たまーにロンドンの家にふらっと帰って来て、ふらっと別の国に出て行く、というのを繰り返している。4年前に妻が死んだ時にはさすがに定住しようかな、と思ったが、収入面から言っても今の仕事がやめられないという結論に。
 なんだかんだで娘の事は考えてます。多分。


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 まぁ、なんつーか。


「こんな事だろーと思ってたよ」
 人生良い事と悪い事って50:50だもんな。

 
 は、と短く笑った次の瞬間、部屋には深いため息が響いた。



 本来ならば今日は、ベランダの薔薇が今年初めての莟を開いた、記念すべき一日になるはずだったんだ。

 朝露に濡れながらほころんだ莟は本当に綺麗で、今は見えないけれど、きっと妖精達も昔の様に『綺麗だね』って、喜んでくれてる気がして、自分は朝から上機嫌だった。
 薔薇の記念に、一番お気に入りのカップで、お気に入りの紅茶を淹れて、窓辺で飲んで。
 身支度もバッチリで、時間も余裕。本当に、本当に、今朝は人生でも最良と言っていいくらい、全てが素敵な朝だった。

 こんな日は滅多にないってくらい、今日の自分はご機嫌だった、のに。


「24時間良い事ばっか起きるはず、無いもんなー」


 ぐでー、と音がしそうな体勢でソファに腹這いになって、クッションに顔を埋める。
 自ら刺繍を施した、ほのかにポプリの香りのするクッションが、湧き出るため息を吸い取ってゆく。


「でも相変わらず格好よかったなーくそー」

 口に出した後で「うわ何言ってんだ自分恥ずかしい」とまたクッションに埋まるその仕草は、まさに恋する乙女以外の何者でもないが、そんな事にツッコミを淹れる人間はこの家にはいない。
 当然、自分以外にはご飯を作ってくれるヒトも掃除をしてくれるヒトも居ない訳で。

「・・・・はぁ。飯食お」

 30分後。アシュレイ・カークランドは、重い腰を上げた。





 そもそも、最高の出だしだった一日が急展開を迎えたのは、大学からの帰りの地下鉄の駅での事だった。


 唖然。


 そう、顔に書いてあると言われても仕方ないほど、ぽかん、とした顔をしていたのだろう、きっと。
 道行くヒトが、立ち止まって数メートル先の人物の顔を穴があく程凝視する自分を、いぶかしげな顔で振り返って行くのが分かった。
 分かったけれどもやめられない。
 だって。だって!


「お・・おま、どうしたんだその髪!!?」


 フランスが。

 あの、鬱陶しい髪が、陽光に透けるのが、悔しいけれどとても綺麗だった、フランスが。



「短髪じゃねぇか!!!」
 いやそれはそれで似合ってるけどってそういう話じゃなくて、だからどうしたんだお前!

 
 思わず公共の場だと言うことも忘れて、人差し指を突きつけて叫んでしまったのも仕方ないとおもう、けれども。
 自分の言葉に帰って来た表情と、台詞に、アシュレイは本気で気絶しそうになった。

 まっすぐに伸びた、この間マニキュアを塗り直した人差し指の先で、フランス(と自分が昔呼んでいた男)が、ぽかん、とした後、少し困った顔をして。


「・・・コンバンハ。『えーと、その、参ったな。道を聞きたかっただけなのに変なの捕まえちゃった感じ?』」

 そう、フランス語でつぶやいた。
「へ」
 思わずまたもぽかん、とするアシュレイを横目に、男はフランス語でなおもつぶやく。
『つーか俺はさっきの足の綺麗なカワイ子ちゃんに声かけたつもりだったのに、なんでこの子が・・・眉毛太いし。ダメだよ今時流行んないよ太い眉毛は』
 フランス語が通じないと思っているからだろう、目の前で随分と失礼な事をほざく男に、アシュレイはかちんときた。

 カッ、カッ、と二歩近寄って、その胸ぐらをぐい、と左手でつかむ。
 うぇ、と変な声を出した男の顔を下から覗き込み、にっこりと笑って。

『道が聞きたいのなら教えて差し上げてよ。・・・足の綺麗なカワイ子ちゃんじゃなくて悪かったわね、フランス人のおにーさん?』

 女性の口から出たのが流暢なフランス語だという事が分かり、自分の独り言も筒抜けだった事を悟った男が蒼くなった瞬間を見計らって、

『あと眉毛は余計だワイン野郎』

 アシュレイの右手が宙を舞った。





『で?どこに行きたいんだ』

 とりあえず一発平手をかまし、ごめんなさいの一言を聞き出したところで、アシュレイはため息を着いてそうたずねた。
 ちなみに大きな態度を取ってはいるが、心の中では既に泣きそうになっている。

(〜〜だって、第一印象さいあくだ、こんなの!)

 フランスが、記憶を持っていない、という事は、態度とか言葉とか見た目とかでもうどこから見ても明かで。
 アメリカが覚えてない時点でそうかもな、とは思ってた。寧ろ世界中で自分しか覚えてないのかも、とかも。
 でも、それでも、心のどこかでは期待していたわけで。

(フランスは、覚えていてくれるかもしれない)

 100年も、1000年も、隣で殴り合ったりののしり合ったり、時には一緒に何かをしたり、飲んで笑ったり、そんな事をしてきた相手なら。
 『イギリス』の事を、覚えていてくれるかもしれない。
 そしたら一緒にまた、飲んだりとか出来るかもしれない。

 それからもし、覚えてなかったなら、その時はその時で自分にとってはチャンスになるんじゃないか、とか。

 本当はずっと、好きだった。
 でも言えるはずもないし、言おうとも思ってなかった。だって相手はフランスだし。
 美しければ何でもオッケ−、なんて言ってる相手だけど、美しくもない男の自分がその相手になれるはずないと思ってた。
 だから、もしフランスが覚えていなかったとしたら。
 女性として、美しいと思ってもらえれば、自分にもチャンスあるんじゃね?とか、

 思ってた自分に、平手をくれてやりたい。


 髪が短かろうと、ヒゲが生えていようと、結局は自分の好みの顔の左頬にくっきりと着いた紅い手形をちら、とみて、またため息。

「あー終わったわ・・・完璧に終了だろコレ・・・」

 第一印象変な女でしかも胸ぐらつかんで平手とか。女としても終わってる。謝った方が良いのも分かってる。確かに、覚えてないなら完璧に自分変な奴だったし。うん、覚えてないフランスが悪い、って意見もあるけど、まあ、その。一応謝っとくか。

『・・・その、悪かった。突然指差したりして。・・・知り合いに、似てたものだから、驚いて。道案内は、責任を持ってさせてもらうから、行き先を言ってく れ』

 よし、と気合いを入れて、顔を上げて、そう言った。言ってやった!がんばった自分に拍手!
 そう、思っていたら。


『・・・・・・』

 何故か、ぽかんとした顔で見られたので、恥ずかしさもあって、またいつもの悪い癖が。

『なぁアンタ、ヒトの話聞いてた?行き先を教えろって言ってるんだけど。英語だけじゃなくフランス語も通じなくなったのか?』
『っいえいえ通じてます通じてます。ーーここのホテルに行きたいんだけど、地下にもぐったら方角分からなくなっちゃって』
 差し出された地図が、見慣れた街の物であることに内心ほっとして、丸のついた番地を確認する。

『・・・わかった。それなら8番出口が一番近いな、こっちだ』
『え』
 歩き出そうとした後ろから、間の抜けた声がして振り返る。

『?どうかした?』
 首をかしげてみせると、男がふと笑った。
 その笑顔に、鼓動が大きくなるのを感じる。(相変わらず、顔だけはいい奴!)

『何笑ってる。置いて行くぞ、フランス人』
『その呼び方やめて欲しいな。ワイン野郎ってのもね、お嬢さん』
『お嬢さんとか呼ぶな』
『じゃあ名前教えてよ。親切なお嬢さん』
『・・・アンタMなの?平手くらって親切はないだろ』
『マゾではありませんー。だって君フランス語上手だし、道も教えてくれればいいのにこうして連れて行ってくれてるし』
『あぁもう良いからちょっと黙ってろ!』
『じゃあ俺の質問に答えてよ』
『今答えてやってる最中だろ』
『いや、道じゃなくて、名前の方』
『・・・・・何で道案内するだけなのに名前がいるんだ』
『知りたいから』
『どうせすぐ忘れるだろ。必要ない』
『覚えるよ。お嬢さんみたいに綺麗な瞳の色の子、忘れられるはず無いじゃない』
『・・・・・っ!』

 反則、だろ。

 自分の事を知らない、というフランスが、記憶の中のフランスと同じ事を言う。同じ顔で笑う。同じ声で、自分の瞳を綺麗だと言う。

 覚えていないくせに。
 忘れられるはず無い、なんて、今現在忘れてるくせに、よく言う。
 昔からこいつはリップサービスばっかりで、約束なんて守らない事の方が多くて、それでも自分はこいつの事が大好きだった。

 なぁ神様、あんまりにも不公平じゃないか。


 『俺』ばかりが覚えていて、『俺』ばかりが好きでいて。

 そう、認めるのはとても癪に触るけれど、そもそも化粧とかしようとおもったのはフランスに美しいと思ってほしかったからだった。
 髪はのばす事にトラウマがあったから短髪のままだけど、化粧も覚えたし胸だって結構ちゃんと育ったし、服もちゃんと選んでる。こんなに頑張ってる自分を前にしてこの男は。

 
『ーーー断る』
『お嬢さん?』
 突然黙り込んだ上に低い声で言い切った自分に、相手はちょっと焦った様に「何か怒らせるような事言った?」などと聞いてくる。
 言ったとも。言いまくりだこの野郎。

『・・・ほら、そこに見えてるホテルが目的地。ここで私の仕事はおしまい。それじゃ』
『え・・ちょ、待ってよ』

 慌てる相手を無視してタクシーを止める。
 丁度通りかかったタクシーに乗り込み、焦ったように引き止めようとする男をにらみ上げて、ドアを締める直前、にやりと笑って言ってやった。


「ずっと昔からお前の事嫌いだったよ。良い夜をーーーミスター・ボヌフォア」


 早口の英語で言った台詞でも、自分の名前はわかったのだろう。教えていないはずの名前を呼ばれた瞬間、フランスの目が大きくなったのを見届けて、アシュレイは満足げに扉を閉める。
 指示を受けて走り出すタクシーのミラーに移る景色は、男の表情までは教えてくれなかった。


 戻る




































『やあ親切なお嬢さん、コンニチハ』
「・・・・・・・・・あんた、なんで」

 大学への地下鉄の駅で。
 寄りかかっていた壁から背を離し、自分に微笑んで手を振る男を前にして、アシュレイはようやくそれだけ言った。

『だってこの間お礼もちゃんとしてなかったし、名前も教えてもらえなかったからさー。なのに君は俺の名前知ってるんだね?お嬢さん』

 顔は笑っているけれど、男の目は真剣だった。
(ーーーくそ、)
 そういう表情をするフランスに、滅法弱い自分を自覚している分、非常に分が悪い。

『・・・当てずっぽうが当たっただけじゃないか?気にし過ぎだろ』
 
 それだけ言って、改札に向かおうとする腕を、さっと伸びて来た男の手がつかんだ。

『まぁまぁちょっと待ってよ』
『うるせぇな離せ変態』
『ちょ・・可愛い顔して口悪いね君・・』
「だったら何だ。『離して下さいません事、ムッシュー?』とでも言えば満足か?大体話せるけど話しませんとかそんなの話せないのと一緒だろ。イギリスに来 てまでフランス語で通そうとか図々しいんだよお前、分かったらさっさとこの手を離せ警察呼ぶぞ」
 わざと英語に切り替えて、記憶の中のそれより少し高い位置にある顔をギ、と睨みつけて言い切ると、相手は以外にもくす、と笑って。


「それもそうだなー。君があまりにもフランス語上手いから甘えちゃってたわ、ごめんね?」


 流暢なクイーンズ・イングリッシュでそう言うものだから。

「〜〜!!」

(イギリスが、あれだけ言っても、絶対英語話さなかった、のに)

 嬉しいのと何だか悔しいのと、その格好よさと色々頭の中で感情がごちゃ混ぜになって、


「ーーー喋れるんじゃねーかこの馬鹿」


 とりあえず一発殴った後で、アシュレイは不覚にも泣きそうになった。





 そして、同じ日の夕方。
 アシュレイは地下鉄駅の近くの喫茶店に、男と二人で座っていた。

「で?大学はどうだった?お嬢さん」
「・・・別に普通」

 コーヒーと紅茶の並んだテーブルのむこうで、にこにこと自分をみつめる男の視線に、ともすれば頬があつくなりそうで、アシュレイはやっとの事で仏頂面を維持している。
 殴られて半日待たされた挙げ句名前も教えない仏頂面の女とお茶などして何が楽しいのか、と自分でも思うのだが、今更愛想を良くすることもできず。

「・・・あのさ、あんた楽しいか?」
「え?」

 ええいままよ、と聞いた質問にはきょとん、とした顔が帰って来た。

「半日待たされた上に、こんな仏頂面の女の相手してて楽しいのか、って聞いてるんだ。礼ならこの紅茶で十分だから、もう帰って良いぞ」

 言ってて自分でちょっとへこみながらそういうと、フランス(と昔自分が呼んでいた人物)は、そんなことか、とからりと笑って見せる。

「楽しいよ?だって初めてだもん、俺とお茶してるのにずーっと眉間に皺よせてる女の子なんて。それに何故か、君が隣に居るとしっくりくるんだよなー・・なんて言うんだろう、いつ殴られるか分からないけど、背中を預けられるのはこいつだけ、て感じ」
 なんて、女の子相手に言う台詞じゃないね、変だなぁ俺としたことが。

 そう続けて苦笑する笑顔が、ゆらりとにじんだ。

「え、ちょ、どうしたの!?」

 なんでもねぇよ馬鹿、と小さく答えながら、アシュレイは乱暴に袖口で涙を拭う。
 あぁダメでしょそんな擦ったら、目に悪いよ、などという男にまた苦笑が漏れた。

 男の口から告げられたそれは、到底男女の甘い関係を示唆するような物ではなかったけれど。
 隣にいるのがしっくり来る、とか。
 背中を預けられる、なんて。

(そうだ。そうなんだ!私は人間だし、相手も人間なんだから、もう、仮想敵国なんかじゃなくて、どんな関係にだってなれる!)

 あわよくば恋人に、などと妄想していた自分が言うのも変な話ではあるけれど。
 あまりにも『自分はフランスから見て敵国』というイメージが強かった所為で、相手から『敵』以外の関係性を示してもらえた事が、信じられないくらい嬉しかった。
 そう、嬉しすぎて涙が出るくらいに。
 
 そして、アシュレイは目の前であたふたとする男に、改めて向き合う。

「ねぇそんなに嫌だった?ごめんね?」
「・・・人に名前聞く時には自分から名乗れって、フランスの学校では教わらないのか?」
「え・・え?」

 自分の言葉に着いて行けていない、という顔をする相手に、思わず笑いが漏れる。

『名前が知りたいのなら、まずそちらから名乗れと言ったんだ。分かるか?』
 フランス語で言い直すと、フランス人は「え、あ、ごめん」と意味不明の謝罪のあと、こほん、と咳払いをして。

「フランシス・ボヌフォアと言います。貴女は?」

 そのわずかに緊張した声に、アシュレイはまた笑みを深くした。

『アシュレイ・カークランド。あんたが誰かに紹介する時には、「友達」とカテゴライズする事を許可してやっても良い』

 そのあまりにも「上から」な言い回しに、きっかり3秒後二人はそろって吹き出した。




 そして数年後。



「家族に紹介したいので、カテゴライズ先を『恋人』に変更する事を許可して下さい」


 そう言って花を差し出す男に、泣き笑いで「良いに決まってんだろバカ」と答える自分が居る未来が来ることなど、この時アシュレイは欠片も信じていなかった。


  end.

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