『ドイツ』
『ねぇ、ドイツはどこ?にほんは?』
『あなたは本当に地図が大好きね。みてごらん、ここがドイツ』
『ちがうの・・』
『フィー?』
『ねえ、ドイツはどこ?蒼いおめめで、オレのことぎゅー、ってしてくれるの。ドイツはどこ?』
『どいつは、どこに居るの?』
ーーーーバン!!
ジリリリリリリリ、とその存在を主張していた目覚まし時計に一撃を加えて黙らせると、一つ頭を振ってのそりと起き上がる。
「あー・・・また、あの夢」
小さい頃には、良くわかっていなかったけれど。
いつ、どの時代にどんな事があったか。
どんな国と、どんな生活をしていたのか。
これらの記憶は、間違いなく「イタリア」という国のものだ。
「こんなに鮮明に、覚えているのに・・」
「フィー!フェリシアーナ!遅刻するわよー」
ぼんやりとしていた顔が、階下から響いた声で顔色を変える。
「〜〜〜やっば!!今日から大学始まるんだった!!」
ばさ、と音を立ててベッドから飛び出した拍子に、長く伸びた髪が背中ではねた。
物心着いた頃から、フェリシアーナ・ヴァルガスには「国」としてのイタリアの記憶があった。
『ローマじいちゃん』と暮らしていた頃から、『オーストリアさん』の家で、初恋の子と暮らした頃の事。
大きくなってから、『兄ちゃん』と何回もけんかして、そして、彼にあった。
自分と同じくらいの年の体をもっている癖に、自分よりがっしりしていて、ハグをねだると暖かいその人に、自分は夢中だった。
自分のとなりに、『ドイツ』がいない、という事実を知った時、小さなフェリシアーナはそれはもう泣いた。
お父さんもお母さんも大好きだけれど、それでもやっぱり悲しかった。
分別が着くようになると、自分の様に「国」の記憶を持っているというのは異常な事だと気づいた。
学校で習った訳でもないのに、矢鱈歴史に詳しい娘に、親達は困ったように笑って言った。
「フィーは本当に、本が好きなんだねぇ」
本で読んだ訳ではなく、知っているのだ。そう言っても、「そうなの」としか言ってもらえない。
フェリシアーナは、人前で記憶の中の事を話すのをやめた。
そうして普通の小学生をやっていた時。
その人が、フェリシアーナの前に現れた。
「隣に引っ越してきたロヴィー君よ。フィー、ごあいさつは?」
「・・・よろしく」
そう言って軽く頭を下げたその少年は、間違いなく。
「ーーーーーーー兄ちゃん!!!!」
あえた。
自分と同じ、国の過去を持つ人に、やっとあえた!
飛び上がってしまいそうな喜びにまかせて、突進して抱きつく。と同時に聞こえた台詞に、フェリシアーナは真っ青になった。
「なーーーっ俺はお前の兄ちゃんじゃねえ!!」
「あらあらフィーったら。お友達が出来るのがよっぽど嬉しかったのね」
「え・・・」
呆然と目の前の顔を見てみる。
自分とよく似たパーツながら、目だけはつり目で。くるん、と飛び出した毛も、記憶の中のそのままなのに。
「・・・ロヴィーノ、兄ちゃん・・?」
「ちぎー!だから、俺には弟も妹もいねえよ!『ロヴィーの兄ちゃん』じゃなくて、ロヴィーだ!」
「お、ぼえて、ないの・・?」
「はぁ?覚えるも何も、俺は今日引っ越してきたばっかだ。初めて会ったんだろうが・・・ってコラ!泣くなよばか!!」
やっと会えたと思ったのに。
かなしくて、悲しくて、フェリシアーナはまたヴェー、と泣き出してしまったのだった。
なつかしいなあ、そう思いながら階段を降りてリビングに入ると、丁度思い出していた顔が自分を出迎えた。
「よう」
「おはようロヴィー兄ちゃん。今朝もうちにご飯たべに来たの?」
「・・・今日から大学始まるんだろ。乗せてってやるよ」
ぶす、とした顔でコーヒーをすするその姿は、遠い記憶の中の『兄』と変わらない。ふふ、と思わず頬がゆるむ。
「ありがと、ロヴィー兄ちゃん。まってて、すぐ準備するから!」
記憶がなくても、こうして自分のそばに居てくれる。
それだけで、フェリシアーナにとっては十分だった。
「だって、『兄ちゃん』が居るってことは、さ」
ドイツも、この世界のどこかに必ず居るってことだよね!
「兄ちゃんお待たせ!行こう!!」
「馬鹿お前、年頃の女がパンかじりながら大学行く気か!ちゃんと座って食え!!」
「はーい」
笑いながら席に着く、その膝の上で、プリーツスカートがふわりと揺れた。
『イタリア』としての記憶を持つ人間、フェリシアーナ・ヴァルガス19歳、性別 女。
可愛い格好できるし、女の子って良いよね〜*
それにこれならいつかドイツに会っても「男らしくしろ!」って言われないですむし、ほんとラッキー☆
そう、彼女は心の底から本気で思っている。
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【フェリシアーナ・ヴァルガス】(イタリア弟)
記憶有り、♀。大学一年生、美術専攻。将来の夢は「ドイツ」のお嫁さん、と小さい頃は言って憚らなかった。実は今でも口に出さないだけで大まじめに本
気。
ドイツを探すため、毎年夏にはドイツに旅行に行く。おかげでドイツ語は普通に話せるようになりました。
【ロヴィー・シニョレッリ】(イタリア兄)
記憶無し、♂。大学3年生、電子工学専攻。小学生の頃からの幼なじみで、フェリシアーナの2つ上。
なんだかんだで「兄ちゃん」と慕ってくるフェリシアーナを可愛がっている。フィーに想い人がいるのは何となく知っている。
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「・・・・・・・やっぱり、本物だったんですね・・・」
くしゃり。
目深にかぶったハンチング帽の下、握りしめられた地図が、小さく音を立てた。
『ーーーっそれ、行きます!私行きます!!』
普段は物静かな人間が、椅子を蹴飛ばさん勢いで手を上げて立ち上がったものだから、周囲はぽかん、と口を開けるしかなくて。
『そ・・そんなに、行きたいんだ』
『えぇ、もちろんです。何をすればいいんですか、試験があるのですか?面接ですか?実技でも構いません、条件は?』
『お、おちつけ本田!選考は一応あるが、もし他に希望者が居なければ基本的に言った者勝ちだ。ーー他に、行きたい者は?』
教授がぐるり、とそこに集まった人々を見回すが、皆唖然とした顔で、手を挙げるものは一人も居ない。
『では、ひとまず本田は確定しておく。でもな本田、一年の留学というのは金もかかる。先立つものは大丈夫なのか?』
このくらいはかかるぞ、と提示された額をみて、黒い瞳がふ、と笑った。
『もちろんです。この日のために貯めた貯蓄をなめないで頂きたい』
『いやお前の場合この日の為にっていうかイベントの為にだろ』
『何か言いましたか?』
『何でもありませんスミマセン』
こうして本田菊乃は、一年間のイタリア留学を講座からもぎ取ったのだった。
「とりあえず。この、記憶が・・本当の物だと確かめるという目的は、果たしました」
『自分』と『ドイツ』と『イタリア』とで、よく訓練の後で散歩した公園。
噴水を望むベンチのむこう、公園沿いの町並みや、驚くべき事に未だに現役だったらしいジェラートの屋台のロゴまでもが、記憶と合致している。
「あのジェラート屋さんのラムレーズンが、イタリア君のお気に入りだったんですよね・・」
自然にほほが緩むのを押さえられない。
自分の、この記憶は、ただの思い違いではないという事が証明されたのだ。
自分には、大切な友人が居た。
彼らもきっと、自分の様に、今この世界にいるはずだ。
そう思っただけで、この国の陽気の様に、心が暖かくなる。
「・・・さて、一年間で誰か探し出せると良いんですが」
まずは久しぶり・・・かれこれ20年以上ぶりになるんでしょうか・・の、あのジェラートを食べてから、宿に帰ろう。
そう思って、歩を進めた所に、その声が聞こえた。
「おっちゃん、ラムレーズン1つね」
『おっちゃん、ラムレーズン3つ!』
記憶の中の声よりも、少し高い。でも、その歌うようなイタリア語のイントネーションは、そのままで。
「・・・・・・・・い、たりあ、君・・・・・・?」
ぽそ、と口からこぼれ落ちた自分の声が、どこか遠い所で聞こえた気がした。
それは、本当に、ため息の様な声。
この距離で、その後ろ姿に届いたとは思えない小さな声に、それでもその人は振り返った。
記憶の中のそれよりも、随分長さを増した、明るい茶色の髪。
光を集めて輝く、鳶色の瞳。
そして、一本だけくるん、とはみ出した、不思議な毛。
信じられない物を見たような、驚いた顔で呆然と自分を見ていた瞳が、ふと花が咲くような笑顔になる。
「・・・・久しぶり!ねぇ、一緒にジェラート食べようよ!!」
「ーーーえぇ、喜んで!」
半分泣き笑いになりながら、目の前まで走ってきた身体を、ぎゅっと抱きしめると、「ジェラートが落ちちゃうよー!」と笑い声が降ってきた。
その暖かさは、記憶の中のそれと全く同じで。
「おっちゃん!私にもラムレーズン1つ!!」
覚えたてのイタリア語で、菊乃は彼女の肩越しに屋台に手を振った。
「それにしても、やっぱり敵わないんでしょうか・・・」
「ヴェ?どうしたの菊乃。あ、私の事はフィーって読んでね!」
「ありがとうございます、フィーさん。・・・で、何カップですかコレ。軽くDはありますよね羨ましい・・」
「え・・え?にほん?」
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【本田 菊乃】(日本)
記憶有り、♀。生まれてこのかた日本から出た事無いのに、何故かすごく詳しく外国の街の事を知っている自分に戸惑っていた。
大学院1年生、文学専攻。イタリアの大学との交換留学でイタリアへ。イタリア語は読むのは結構できるけど、話すのはもう一息です。と言っているがフェリ
シアーナ曰く「問題ないよー」
「言っておきますが、Bカップは限りなく正解に近いんですよ!」
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ジェラートの再会を果たしてから3日後。
二人は並んで、大学のある街の郊外を歩いていた。
「留学生会館?」
「えぇ。この大学には色んな国から留学生が来ているので、一応そういった専門の機関があるらしくて」
授業とか奨学金とかの事について、一応手続きをしに行かなくちゃいけないそうなんです。
隣を歩く漆黒の髪の持ち主は、手にした地図をちらり、と見て答える。
ふぅん、と頷く耳元で、小さなピアスが揺れた。光をうけてきらめいたそのアクセサリーに、菊乃は眼を細めて言う。
「フィーさん、それ付けてくださってるんですね」
「あ、コレ?もちろんだよー!相変わらず手先が器用だね菊乃、こんな可愛いピアス作れちゃうなんて凄いよ!」
嬉しそうに耳元に手をやる先で揺れているのは、小さなビーズと金具で作られたピアス。
それが彼女の手に渡ったのは、昨日のこと。
まさかイタリア君も女性になってるとは思わなかったんですけど、持ってきてて良かったです。
そういって差し出された小さな包みに、フェリシアーナはきょとんとした顔でそれを受け取った。
また友人になれた記念に、と手渡された手作りのピアスが、今フェリシアーナの耳元で揺れている。
「えーと多分、この先の交差点を右に行った所なんですが」
「あ、菊乃菊乃、あそこのピザ美味しいんだよ!一押しでオススメなの!でね、あっちの靴屋さんはすっごく良い靴つくるんだ!」
「それは素敵です今度ぜひ一緒にいきましょう、靴をこちらで一足作るのもいいですね」
「それでねそれでね、ここまっすぐ行った所にある家の犬が可愛いの!」
「ではそちらは今度の散歩の際に。フィーさん、ここ右です」
「はーい」
歩きながらとどまる事無く耳に届く声の弾むリズムは、昔と変わらない。
その事実に、心が浮き立つのを自覚して、菊乃はふふ、と笑った。
「どしたの?菊乃」
「いいえ。こうして一緒に歩けるのが、楽しいなと思って」
浮き立つ気持ちにまかせて、隣を歩くイタリア人の手をとると、フェリシアーナの眼が大きくなった。
次いでにっこりと笑って、きゅ、と握り返される。
「私もね、こうして菊乃と一緒にこの街を歩けるの、すっごく嬉しいよ!」
つないだ手は、昔の様に角張った男のものではないけれど、そのぬくもりは変わりない。
「・・・早く、彼も一緒に歩けるといいですね」
「・・・うん」
まったくいつもなら待ち合わせには彼が一番先にくるのに、一体どこをほっつき歩いてるんでしょう。
そういって笑ってみせた菊乃は、後ろから聞こえた声に振り返って、固まった。
「日本からの留学生、本田菊乃、で間違いないな?」
イタリア語で「留学生会館」と書かれた札のかかった扉の前に立っていた男のまなざしは、昔と同じ。
「そっちのかわいこちゃんはイタリアちゃん、か?・・・その顔を見る限り、二人とも覚えてるみたいだな!」
ケセセセ、と紅い瞳を細くして笑う男の銀髪の上で、小さな鳥がピィ、と鳴いた。
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【ギルベルト・バイルシュミット】
記憶あり、♂。相変わらず小鳥が友達。大学生、経済学専攻。
言わずもがなドイツからの長期留学中。留学したての子たちの世話役みたいな事もしてます。
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「でたーーーーーーーー!!!」
「悪い事は言いませんさっさとドイツさんを出しなさい」
己の顔を見るなり指差して叫ぶイタリア人と、どこか座った眼でそういう日本人を前に、ギルベルトーー元プロイセンはちょっと泣きそうになりながらつぶや
いた。
「ていうかお前らいい加減ひどくねぇ?」
「まあお前さん達の言いたい事は大体分かる」
とりあえず立ち話もなんだし、中入ろうぜ。そう言われて通された一室で、机を挟んで向かいに座ったギルベルトは、何故か少し言いにくそうな話をする顔を
していた。
「な・・なんですかその顔。まさか『俺に弟なんて居ねーよ』とかいっちゃう感じですか」
嫌〜な予感、と思いながらおそるおそる日本が問いかけると、銀髪の男は眼をそらして、少し頭をうなだれる。
「あー・・その、なんつーか。半分あたりで、半分はずれ」
「て、ことは・・」
「俺に弟はいるけど、それはヴェストじゃない」
「うそぉ!?」
「嘘じゃねーんだよイタリアちゃん」
「な・・なんて使えない!」
「ちょっと日本酷い!それホントに酷い!」
さくっと使えない発言されて、ギルベルトは今度こそ涙眼で叫んだ。が、それに続くフェリシアーノの声に、ふと表情を引き締める。
「だって・・折角やっと、ドイツにつながるヒトに会えたと思ったのに・・」
「イタ・・いや、フェリシアーナ・・」
「ねえ、本当に知らないの?ドイツがどこに居るのか。どこらへんだと思う、とかでも良いの、情報は!?」
「ある」
「・・・・・へ?」
無い、と返されるだろうと思っていた二人は、あっさり肯定してみせた男に、ぽかん、とした顔をするしかなくて。
紅い瞳は、そんな二人を見てにや、と笑って言った。
「あのな、俺は弟がヴェストじゃねぇって言っただけで、ヴェストがどこに居るか知らない、とは言ってないぜ?」
いたずら成功☆ とでも言いたげに笑う男に、菊乃は目の前のテーブルをお見舞いしたい衝動を必死に押しとどめて笑ってみせる。
「だったら、さっさと、それを、言えってんですよこのプロセインが」
「ねぇちょっとお前生まれ変わって性格キツくなってねぇ!?なんで俺だけそんな扱いひどいんだよ!?」
「いや今のはギルベルトが悪いと思う」
「あーもう!悪かったよ!・・でもさーちょっと情報小出しにしただけだろー?」
「ぶちぶち言ってないでさっさと吐けー!」
「分かった!わかったから首締めるな死ぬ!!・・・にしてもまだ会ってなかったんだなー。あいつ、随分前からイタリアに居るのに」
「・・・・・へ?」
さらっと告げられた事実に、フェリシアーナの眼が点になる。
ドイツが、イタリアに、居た?
「いいぜ教えてやる。ヴェストの今の名前は、ルートヴィッヒ・フンデルト・フォン・ハインライン。考古建築でローマ建築を専門にしてて、3年前くらいから
こっちに住んでるドイツ人だ。ーーそんでもって、俺と弟の名付け親。意味分かるか?」
「な・・名付け、親?」
「と、言うことは」
「年上・・・?」
おそるおそる、と言った風に告げた回答に、ギルベルトは歌う様に答えた。
「Richtig!せいかーい。御年27歳独身でーす」
27歳。
自分より8つ年上。の、ドイツ。
「〜〜〜〜どうしよう菊乃絶対格好いい!絶対格好いい!ヤバい気絶しそう!」
狂喜乱舞する親友を横目で見ながら、(あぁ、本当にドイツさんであるなら何でもオッケーなんですね・・)と遠い目をする菊乃に、ギルベルトはそういえ
ば、と更に言う。
「お前さん、創作活動は相変わらずがんばってんのか?」
「はぁ・・お陰さまで」
性別変わっても根っこは変わらなかったようです。と苦笑してみせる。
「そっか。じゃあ、さ。昔よく一緒に写真撮ってた女に会いたくねぇ?あいつも今でも現役だぜ。昔の事は覚えてねーけど」
によによ、と膝に肘を着いて自分を覗き込んでくるギルベルトに、菊乃は半信半疑で答えた。
「それって・・ハンガリーさんの、事ですか・・?」
「それ以外居ないだろ。あ、ちなみに俺の弟の彼女だから」
「・・・と、言うことは?」
「弟って・・オーストリアさん!?」
心底驚いた様に椅子から立ち上がった菊乃に、ギルベルトは笑って言う。
「あいつに『兄』って呼ばれるのってすっげー気持ち良いのな!」
いやーあいつに限っては記憶無くて良かったぜー!
心の底から嬉しそうな男を見て、菊乃は少し『弟』に同情した。
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【ルートヴィッヒ・フンデルト・フォン・ハインライン】
記憶あり、♂。なんでだか他のゲルマン系より早く生まれちゃった。バイルシュミットさん一家とは家ぐるみのお付き合い。
イタリアを探そうとイタリアに来てみましたが、会えないまま気がついたら27歳。
周りは結婚しろとか五月蝿いけど、イタリアが居るし。と無視しつづけて、気がついたら彼女居ない歴27年。
フィールドワークもするけど、今はもっぱら文献漁りが主な仕事。
【ローデリヒ・バイルシュミット】
記憶なし、♂。ギルベルトがやたら兄貴面するのが正直面倒くさいと思っている。
【エリーザベト・ヤーノシュ】
記憶なし、♀。相変わらず素敵なお姉さんです。
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ある晴れた日曜日。
散歩の途中で立ち寄った公園でベンチに腰掛け、持参した文庫本を読んでいた男は、ふと目の前にさした人影に顔をあげた。
太陽を背に立っていたのは、すらりとした人影。
「こんにちは。いい天気ですね、ハインラインさん」
さぁ、と吹いた風に髪をなびかせて、その人は花のようにほほえんだ。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばらく、二人の間に沈黙が落ちる。
「・・・あの、覚えて、る・・?」
ドイツ。
不安そうな声で小さくそう呟かれた台詞に、男の手から文庫本が滑り落ちた。
地面におちる本に目もくれず立ち上がり、自分をみつめるその頬に、おそるおそる手を添える。
「イ・・タ、リア・・?」
触れられる、と、言うことは。夢じゃ、ないのか。
そう、思いながら触れた頬は柔らかく、呼ばれた相手は心底うれしそうに笑って、その手に自分の頬をすり寄せた。
「そうだよ。ーーずっと、会いたかった」
ずっと、ずっと探してたんだ。
その言葉を聴いた瞬間、ドイツーールートヴィッヒ・ハインラインは、目の前の人物を思い切り抱きしめる。
「俺も・・俺も、会いたかったーーイタリア」
じわ、と景色が滲んだ気がして、瞬きを数回。
記憶の中のそれより少し小さい気がするが、それは多分、自分が無駄に早く生まれてきてしまったせいだろう、と腕の力をゆるめずにいると、
「ど・・ドイツ苦しいよ」
力が強すぎたのか、腕の中の人がもがいた。
その茶色の頭を見下ろして、ふと気づく。
(・・・・・この、鳩尾のあたりに当たる、膨らみは)
長く伸びた髪や、その長いまつげをもう一度よくみて。
がば、と音のしそうな勢いで、男は身をはなす。
「おま・・お前、女、なのか・・!?」
突然自由になった体に驚いた顔をした人物は、次の瞬間うれしそうに笑って言った。
「そうなんだ!私、フェリシアーナ・ヴァルガスって言うの。フィーって呼んでね、ルートヴィッヒ」
そして「ね、もっかいハグして!」と両手を広げる女性の肩をつかみ、ルートヴィッヒは真剣な顔で問いただす。
(ちょっと待て。ちょっと待て、イタリアが、女だというのなら!)
「フェリシアーナ・ヴァルガス、だったな」
「う・・うん。フィーって呼んでって」
「ならばフィー。いくつか質問がある」
「何でありますか隊長」
「隊長っておまえ・・まあいい。お前今いくつだ?」
そのあまりの真剣さに少々おびえながら、フェリシアーナは口を開く。
「じゅ・・19。今年で20」
「そうか。ならば、その・・交際相手、は、いるのか?」
「い・・いるはずないじゃんルーイがいるのに!」
その台詞を聴いたとたん、ルートヴィッヒは目にも留まらぬ早さで自分の鞄から財布を取り出し、のこりの荷物をベンチにおいて、ついでにフェリシアーナを
その隣に座らせて、
「3分待っていてくれ。すぐ戻る。荷物を頼んだ」
全力疾走でどこかへ駆けていった。
「・・・・・ヴェ?」
残されたフェリシアーナが、呆然と呟いたときには、すでに公園内にその姿はなく。
「な・・・・何?何なの?」
すっかり困惑したフェリシアーナの台詞は、公園を吹きわたる花の香りの風にふわりと消えた。
どうしよう、どこ行っちゃったんだろ、何か怒らせた、のかな。
「俺」が、女の子になったのは、いけない事だったの、かな。
「フェリシアーナ・ヴァルガス」じゃあ、「イタリア」みたいに一緒にいられない、のかな。
自分の膝に乗せた、ルートヴィッヒの置いていった荷物のチャックをいじりながら浮かんでくるのは、そんなマイナス思考ばかり。
(女の子になったら、ドイツの恋人になれるかな、って思ってたのに)
その為に、お化粧も、おしゃれも、がんばって覚えたのに。
8歳も年下の、こんなのじゃ、ダメ、だったのかな。
大体、8歳年上なんてずるい。ずるすぎる。
『日曜のこの時間にこの公園行ってみな』ってギルベルトに言われて来てみたけど、本当に、一目見ただけで心臓止まるかと思った。
ムキムキ具合も、背の高さも、あったかさも、記憶の中の「ドイツ」とおんなじなのに、やっぱり年をとった分穏やかな感じがして。
座って本を読んでるだけであんなに絵になるヒト、見た事無い。
あんなに格好良いんだから、周りのーー自分より8っつとか年上の、綺麗なお姉さんが放っておくはず無い。
釣り合わない、とか、言われたら。
(あ、ヤバい泣きそう)
つんと鼻の奥が痛くなって、見つめたチャックのジグザグがじわりと滲む。
(恋人は無理でも・・友達、には、して貰えるように頼んでみよう)
そう、決心して。
よし!と目に浮かんだ涙を、カーディガンの袖で拭った瞬間、
目の前が、鮮やかな紅色に染まった。
「・・・・・・・ヴェ?」
目の前を多い尽くす紅は、薔薇の花の形をしていて。
ぽかん、としたまま、膝に乗せられたその塊を手に取ると、すぐ近くに息を切らせた男が立っているのに気づく。
自分が今手にしているこの塊は、紅い薔薇の花束、だ。
「っすまない、待たせた」
何だ何だ、と?マークを飛ばしていると、息を整えたルートヴィッヒが、ベンチに腰掛ける自分と視線を会わせる様に膝をついた。
「ルーイ?」
膝汚れちゃうよ、と言おうとした自分の言葉を遮って、その言葉が、彼の口から紡がれる。
「フィー。フェリシアーナ・ヴァルガス。俺と、結婚してください」
自分の左手を握った彼の真剣な表情と、その言葉の意味を理解した途端。
フェリシアーナは気を失った。
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