「あ、ドイツドイツー!!」

 階段の上から自分の名を呼ぶ声がして、上の階をふりあおぐと。

「今終わったのー?ご飯一緒たべよ!」

 手すりから身を乗り出して手を振る、イタリアと眼があった。




 二年前期 ー昼食とチュートリアルとその後の諸々ー





「ドイツはシナリオ何だった?」

 チュートリアル室のある教務棟から、少し離れた所にある講義室へと、陽当たりの良い小道を進む。

「おそらくクリプトコッカス肺炎だろう、という話になったが、一応念のためそのあたりを調べる感じだな」

「そーなんだー。俺たちの班のは多分、食道カンジダだよー。今回のチュートリは、シナリオ何個あるんだろうね?」

 そういって首をかしげた拍子に、くるりと巻いた謎の毛が、男にしては細めの肩の上ではねた。


 イタリアのいうチュートリ、というのは「チュートリアル学習」の事を指している。
 学年がそれぞれ8人くらいの班に無作為にわかれ、そこで配られる「お題」(ある患者がこういう症状で、こういう経過で、検査結果はこうだった、と書かれている紙)について、「多分この病気だろう」と目星を付けて話し合い、数日後学年全員に確定診断や治療方針をプレゼンする、というものだ。
 その「お題」の事を、「シナリオ」とよぶ。シナリオの数は系によってことなり、多いときには全ての班が異なるシナリオ、という事もある。


「そうだな・・全部で12班だから、また4つくらいなんじゃないか?」

「やっぱそうかなー。あ、ごはんの前に図書館よっていい?食道カンジダが載ってる本かりとかないと、俺病態のスライドの係なんだ」

 ふと立ち止まり、小道の左手の、茶色い建物を指してそういうイタリアに、ドイツは軽く頷いてから、声をあげた。

「そういえば、食道の真菌系の疾患の本なら、うちに一冊あるぞ。借りたんだがもう返すつもりだった。・・よければ使うか?」

 そう言うと、イタリアは図書館の方へ向けていた身体をくるりと翻して、満面の笑みで答える。

「ホントいいの!?俺すぐ延滞しちゃうから、図書館で本かりるのにがてなんだよー」
 そうときまればゴハンごはん〜♪ 

 と、かなりどうかと思う発言の後、くるりとひとつ回り歌いながら駆け出した背中に苦笑して、ドイツも再び歩き出した。









「・・・いつもの事だが、凄い昼食だな」
 

 そう呟いたドイツの目線の先には、ピロティの藤棚の下に据え付けられたテーブルいっぱいに並べられた、フルコース。
 勢いよく広げられたアイボリーのテーブルクロスの上には、陶器の皿に盛りつけられた、パスタやスープ、駕籠の中にはパンが三種類。デザートにムースまでついている。
 
 初めて一緒に昼食を取ったときには、いきなりクロスを広げ始めたイタリアに、ついに頭を悪くしたかと心配したほどだったが、今となっては慣れた物だ。
 晴れた日は毎日、この藤棚の下の席を陣取り、とても大学生とは思えない優雅な昼食(しかもすべて持参)を取る彼は、既にこの構内の名物とも言える存在になっていた。

「えへへー。今日はカルボナーラデス!ドイツの分もちゃんとあるから、いっぱい食べてね〜」

 そういってどこか得意げに笑うイタリアの言葉通り、皿もフォークもナイフもグラスも、すべて二人分が用意されている。

「では、遠慮無く」
 
 ドイツは少しうつむいて、小さく食前の祈りをとなえると、フォークをとってパスタを口に運んだ。
 その様子を見守るイタリアは、ドイツと二人で食べるとき、相手が一口目を食べるまで、消して自分は食べない。


「・・・美味い。」


 ドイツがそういうのを聞いて、心底ほっとしたように笑ってから、自分も食べ始めるのだ。


 こうして食べるイタリアの料理は、一年の初めの頃泣きながら言っていたとおり、確かに美味い。
 しかし何故ドイツまでもが一緒に豪華な昼食にありついているのかというと。
 
 一年後期、二人がそれなりに親しくなった頃。昼食を一緒に取っていたときにイタリアから一口もらった料理が、想像以上に美味しかった事を、ドイツが素直に口にした。
 すると、イタリアは大層喜んで

「俺、次からドイツの分もつくってきていい!?」

 と言い出した。面食らったドイツが、

「しかし材料費がかかるだろう」
 
 と至極当たり前のことをいうと、

「大丈夫だよ!それよりだって、ドイツが俺の料理たべて美味しいって言ってくれたでしょ!? 俺ドイツに誉めてもらえるトコ他に無いし、でもドイツに喜んでもらいたいし、だからお昼つくってくるから」
「お、ち、つ、け!! ・・・確かに俺としても、作ってきてもらえるなら助かるが、タダというわけにもいかんだろう。食費は半分俺が払うから、それでどうだ?」
「えーでも、お金べつにいらない・・・っそうだ!ドイツが毎朝ハグしてくれればそれで「昼飯はやっぱり自分でつくったほうが良さそうだな」


「ヴェーーーやだ俺がつくるーーー材料費半分くださいーーー」


「・・・・・何故作るお前が頼むんだ・・・」




 という事があって以降、習慣的にイタリアは二人分の昼食を作ってくようになったのだ。
 料理好きというだけあって、美味い料理をそんなにお金もかけずに毎日食べられるのだから、この関係をドイツが疎む理由もない。

 ただ、多少目立ちすぎるという点をのぞけば。






 そんな訳で、二人の昼食はそこだけ別世界な雰囲気を醸し出しているが、話の内容はなんだかんだでアレである。

「食道カンジダってことは、アレか。内視鏡画像でもでたか?」

 パスタを飲み込んでそういうと、イタリアは水を一口飲んで、こくりとうなづく。

「ん?うん、そうそう。あと抗体も結構上がってたから、そうだろうなーって。ドイツんとこは?なんだっけインク染色とか?」

「・・・墨汁染色。ただ背景に何の疾患があるのかが少し意見が分かれてな、鑑別には至らない、といった所だ」

 その後も優雅なイタリア料理を食べながら、免疫染色がどうの、日和見がどうの、といった会話がつづき。


 ブルーベリーのソースのかかったムースまで食べ終わった二人は、最後に水を口にして、そのグラスを置いた。

「ふいーおいしかったぁー」

「美味かった、ごちそうさま。あぁ、例の本だが、どうする?明日は土曜だし、今日うちに取りに来るか?」

 片づけをしながらそういうドイツに、イタリアはきょとん、とした顔をする。

「・・・・・ほん?ーーーってあぁおもいだしました食道カンジダのあれだよねほんと思い出したからドイツ顔怖い!!」
「別にいつもと同じだろ・・で、どうする。週末でスライド作るんだろう?」

 そうなんだけどねー、そう煮え切らない答えを返すイタリアに、ドイツは怪訝な顔をしてみせる。

「何か用事でもあるのか」

「うんー。 俺、土日引っ越しなんだー」




「・・・・・・・・・・・・・・・は?」



 脈絡無く飛び出した単語に、一瞬動きを止めたドイツに、イタリアはへらり、と笑って続けた。


「だからねー、俺今度の土日引っ越しなの。だから時間とれるかなー、って」

「引っ越しっておまえ、初耳だぞ」
「いやだって、引っ越し先決まったの最近だったから。日本が一緒に見に行ってくれて、『絶対ココがイイ』って薦めてくれたんだよー」

 急に発覚した引っ越し話に、また怪しげな業者に掴まされたのかと頭痛を感じていたドイツは、イタリアの言葉にでてきた日本の名前にほっとする。

「あぁ、そうか、フランスはともかく日本がいうなら大丈夫だろう。どの辺に引っ越すんだ?」

「・・・・・坂の上デス」

 さりげなくこき下ろしたフランスの名前に、気付きながら黙殺したのは、イタリアにしては賢明な判断である。


「坂の上じゃわからんだろうが。手伝いに行ってやるから、住所を見せてみろ」

「ホントー!? 日本も手伝ってくれるって言ってたんだけど、やっぱりドイツ来てくれると助かるー!やたー!!」

 両手をあげて、満面の笑みでくるくる回るイタリアに苦笑して、ドイツはその回転を止めるべく手を伸ばした。

「で、住所は?」
「こちらでーすじゃじゃーん☆」

 その変な効果音はいらん。そういって書類に目を落としたドイツは、


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 無言で書類をひっくりかえし、


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 次のページの地図を確認して、


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・イタリア」



「はははははひっ!なんでせうか隊長!!」


 怯えまくるイタリアに書類を返すと、引きつった笑みで言う。

「・・・この物件、日本がすすめたんだよな?」

「え、うん。大学からも近いし、バス停からも遠くないし、このマンションに住んでるヒト知ってるけどすごくいい人だから間違いないって」


 その答えを聞いた途端、ドイツはなんとも言いようのない顔になった。
 やられた、というような、少し照れるような、でも心底困ったような、そして頭痛をこらえるような。


「・・・・あの、ドイツ?どうしたのそこ何かまずい?」

 そうのぞき込んでくるイタリアに、深くため息をついて答える。



「あのなイタリア。お前の部屋番号は?」

「・・・402?」

「それに1足した数は?」

「・・・・・403」


「そこが、俺の住所だ」







「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・うん?」






「だから、お前が越してくるのは、俺の部屋の隣だ」


 
「・・・・・・っにほんー!!にほんーー!!!まじありがとーーーー!!!!!」

「アホかーーー!!!本人も居ない所で叫ぶな!」



 そして週末。

 荷物を運んでは歌い。
 荷物を入れてはお菓子をたべるといい。
 片づけの最中に昼寝をしだすイタリアを、二人がかりでおいたてながら、結局殆どドイツと日本が作業をするのだろう、というドイツの読みは、外れるはずもなかった。






 おしまい



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 ヒィィ・・! なんか意味無いなコレ・・!
 とりあえずドイツとイタリアは同じマンションの、隣か階違いに住んでるといいなー、とかいう設定を・・。
 日本はもちろん、ドイツの家を知っていてお隣をイタリアにプッシュしたんですよ。ムフフ。
 二年の後期は解剖実習が始まるため、その前に専門キャンパスの近くに越してくる人が多いのです。
 どうせ二年後期からは教養キャンパスには用が無くなるしね(´ω`*)

 昼食は、アレです「目隠し○国」のあろう君を見習って☆
 大学なのにちょう 優雅な昼飯を食べる奴ら (*´∀`)=3
 そのうちなんだかんだで、日本も加わってるとイイよ。一品持ちよりとかでさ!(いい加減にしろ

 チュートリアルはきっと、これからも結構出てくるはずです。
 「この疾患をあててみたまえ」と言われてみんなで、あーでもない こーでもない と頭をひねる学習です。
 他に「これ なんじゃいな」って単語とかあったら言ってくださいわかりにくくてスミマセン!

 07.01.08 伊都