夕食の片付けをすませ、ウイスキーを入れたグラスを片手にリビングへ戻る。
 テーブルの向こうのモニターに目をやれば、パソコンの中の話し相手は、画像ソフトで風景画を描いているようだった。

「上手いものだな。・・・その景色は?」
 なんとはなしに眺めて酒を飲む合間に尋ねると、パソコンからいつもより落ち着いた口調で返答がある。
『グーグル先生に見せてもらった、イタリアの景色だよ。なんでだろ、凄く懐かしくて』
 次々に足されて行く色を見る限り、フェリシアーノの彩色に迷いはない。
「ーーイタリアか、いいな。あの国は、俺も好きだ」
 程よく酔いの回った頭で、ふと以前訪伊した際に目にした景色を思い出して、ルートヴィッヒは知らず微笑んだ。
 画面上で出来上がってゆく風景画になんとなく気分を良くして、男はそうだ、とパソコンに話しかける。
「今度の休暇、イタリアに行くか」
『・・・・・・・・・うん、いいかもね』
 フェリシアーノの喜ぶ顔を見れると思って言った台詞だったが、意外にも画面の中の顔は少し寂しそうで。
「フェリシアーノ?」
『あ、えと、その!帰って来たら、写真いっぱい見せてね!俺、楽しみにしてる!』
 どうしたんだ、と尋ねると、あわてて取り繕った様な笑顔。そしてその台詞の内容に、ルートヴィッヒは一瞬ぽかん、として、それからふむ、と一つ頷くと、 暫く黙り込んだ。
 静かに宙をみる男の右手の人差し指が、テーブルの上をとん、とん、とゆっくり叩いている。それは考え事をしている時の男の癖で。
『えっと・・・マスター?』
 どうしたのかな、とフェリシアーノが声をかけると、ウイスキーを少し飲んで、ルートヴィッヒが口を開いた。
「なぁフェリシアーノ。俺が出張の時は、お前はどうするんだ?」
『ど・・どうするって、だって、お留守番でしょ?』
 何でそんな当たり前の事を、と応えると、男からは「それなんだが」との言葉。
「一緒に行かない理由は?」
『・・・・はい?』
 思わずぽかん、としていると、ルートヴィッヒは苦笑して繰り返す。
「だから、お前が一緒に行かない理由は何かあるのか、と」
『え・・だって、俺このパソコンの中から出られないもん』
 口にする事で再認識してしまって、しゅん、とうなだれて応えると、思っても見ない返事が帰って来た。

「本当に?」

 じ、とモニターの向こうから見つめられて、フェリシアーノは自分の頬が紅くなって行くのを感じる。
『ほ・・本当に、って、どういう事?』
「考えてみたんだが」
 ウイスキーのグラスをゆらゆらと揺らしながら、男は静かに口を開いた。
「お前、元々卵だったよな?それが孵ってパソコンに入った。・・・元来パソコンの外に在ったのだから、今でも出て来れるんじゃないか?」
 試してみる価値は在ると思うが。そう語る男の顔を、フェリシアーノはあっけにとられて見るしか無い。
『えーと、マスター・・・・酔ってる?』
 なんとかそう言うと、男は珍しく声を上げて笑った。
「そうかもしれないな、俺も今までお前はパソコンの中にしかいられない物だと思っていたのに、こんな事を思いつくとは。しかも、今はかなり本気で出てこら れると思ってる」

 物は試しだ、やってみなければ『出来ない』という確証は得られないぞフェリシアーノ。

 目を白黒させているフェリシアーノに笑って、ルートヴィッヒはテーブルの向こうに手を差し伸べる。


「出ておいで、フェリシアーノ」


 そう、口にした瞬間。


 ぱりんっ


 聞き覚えのある小さな音と共に、画面が一瞬明るくなって。

『音声認証、完了しました。システムロック解除します』

 静かにそう言ったフェリシアーノが、右手を差し出した格好で、するりと画面から抜け出した。
 そのまますぅ、と宙を移動して、差し出された小さな手が、呆然と見ていたルートヴィッヒの人差し指に触れる。

「フェリシアーノ」

 自分の人差し指に、右手全体をぴと、と付けているその温かさを実感してその名を呼ぶと、ぼぅ、とした顔をしていたフェリシアーノがぱちぱちと瞬きをし た。そして、

「・・・・・・う、お、おれ、やったーーーー!!!」
 やった、マスター出られたよ、俺出られた!マスターに触れる、うわコレお酒すごい香り、あ!テーブルの向こうってこうなってたんだ良いソファだねマス ター!ねぇマスター俺出られたよねぇ聞いてるマスター!

「わ・・分かったから落ち着け!聞いてる聴こえてる、ちょっと黙れ!」
 もの凄い勢いでまくしたて始めたフェリシアーノに、今度はルートヴィッヒが目を白黒させた。
 とりあえず落ち着いてそこに座れ、とテーブルの上のろうそく立てを指差すと、部屋中を飛び回っていた小さなフェリシアーノはちょこん、とその端に腰掛け る。
 その可愛らしさに思わず破顔しそうになり、ルートヴィッヒはおもむろに一つ咳払いをした。

「あー・・・その、何だ。・・・・・試してみるものだな」
「うん!やっぱりすごいやマスター、俺出られるなんて思ってもみなかったよ!」

 キラキラと目を輝かせる相手に、結局男の顔にも柔らかい表情が浮かぶ。
「パソコンの外はどうだ?身体に変化はないか?」
「今のところ大丈夫だよ。ねえ、他の部屋も見て来て良い?俺、ずっとどんな家なんだろうって気になってたんだ」
 うずうずと扉の方を見るフェリシアーノに、ルートヴィッヒは待ったをかけた。
「見るのは構わないが、まずは出た事で支障がないかをたしかめなくては。パソコンからの距離はどのくらい離れてもいいのか、時間的にはどのくらい外に居ら れるのか等だな」
 そう言ってメモ帳を取り出すと、小さな話し相手はプゥ、と頬を膨らませる。
「もぅ、マスターって酔っててもそう言うトコ細かいよねぇ。さっきパソコンから出てくる時に聞いたよ、距離とか時間とか制限無いって。あ、でも折角俺自分 の部屋作ったから、寝るのはパソコンの中でいい?」
「聞いたってお前・・誰にだ」
 至極真っ当な質問をしたはずだが、フェリシアーノは困った様に首を傾げた。
「誰って・・誰だろ。わかんないけど聴こえたんだもん。神様とかじゃないかなぁ」
「神様とかってそんな曖昧な・・・」
 思わず突っ込むと、相手はからりと笑って、
「マスターあのね、こないだグーグル先生が言ってたけど。世の中てきとー、とかゆーづー、とか言うのも大事なんだよ!SFはすこしふしぎ、解明できなくっ たって良いじゃない。気にしないの!」
 小さな胸を自信たっぷりに張って、そう言った。
 その意味不明な自信とテンションの高さに気圧されて、ルートヴィッヒは「そ、そうか」としか言えない。
 同意をもぎとったフェリシアーノは、嬉しそうに笑ってふわりとルートヴィッヒの眼前にやってくると、その小さな右手をもう一度差し出した。そして目を輝 かせて、
「これでマスターのお手伝いがもっと出来るね!色んなとこ連れて行ってね、マスター!これからもよろしく」
 そう言って笑う。
 自分をみつめる瞳の輝きに思わず破顔して、ルートヴィッヒも人差し指を差し出した。
 ちょん、と触れた指先を、小さな手がきゅ、と包む。

「あぁ、よろしくなフェリシアーノ」

 そう言って笑い合った休日の夜。

 ちなみにその1時間後、やっぱりマスターと一緒に布団で寝るー!、と駄々をこねるフェリシアーノを、万が一踏みつぶしたらどうする馬鹿者、と一括してパ ソコンに放り込むルートヴィッヒの姿が見られたとか。


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 いつまで引っ張るんですか、ていうたまごネタです(笑)
 やっとパソコンからの脱出に成功しました。
 書き始めた当初、さいごの駄々っこシアーノ放り込みは、おもくそ野球のフォームで叩き込む予定だったのですが、あんまりだと思ってやめました ←ひど い。
 あとちょっと続きそうです。がんばります。

 2011.5.17 伊都