ドイツはさ、俺によく「男らしくしろ」って言うよね。
男なんだからそう簡単に泣くな、とか
逃げ足ばかり磨くのは男としてどうかと思うぞ、とか
じゃあ、さ。
もし、もしもの話。
俺が、女の子だったら、お前、どうする?
視線の先で、大きく見開かれたすみれ色の瞳がぱちぱちと瞬きするのを、俺は心から綺麗だなぁと思った。
「な、何を言い出すんだ急に。・・・だって、お前、男だろ」
困惑した様子でやっとそう言った彼に、ほらまた「男だろ」って言った、と笑うと、ドイツはちょっとむっとした顔になる。
「大体、そんな仮定しても仕方の無い話、するだけ無駄だろう」
視線をそらした彼の顔が少し紅いのは、多分お酒を飲んでるからなんだろうな。
・・俺の事考えて、紅くなってくれてればいいのに。
そう思いながら、手にしたコップを傾けた。
「いいじゃんもしもの話だよ?お酒飲んでる時くらい無駄話しようよドイツー」
俺、女の子だったら絶対ベッラだと思わない?
ことり、と音をたててグラスを置いた手が震えていた事には気付かないふりをして、俺は笑ってみせる。
「ね?想像してみようよ、俺が女の子だったらさ、ドイツは俺に『男らしくしろ』って言う?言わない?」
「言うはず無いだろう。男だから男らしくしろ、と言うんだ」
あきれた様な顔で、でもちゃんと会話に乗って来てくれた事に内心ほっとする。
「じゃあ、逃げ足早くても怒らないでくれる?」
首を傾げて訪ねると、ドイツは何故かちょっと驚いた様な顔をした後、ふぅ、と大きなため息をついた。
「逃げ足は」
「うん?」
無駄話につきあう気になってくれたらしいドイツが、ちょっとまじめな顔で話しだす。
「逃げ足については、男でも女でも同じだ。俺たちは国なんだ。国民を守る義務がある。国民を置いて逃げる事は許されないだろう」
まぁ、お前の場合国民も一緒に逃げてるから良いのかと、最近思い始めたが。
そう言って苦笑するその表情にも、鼓動がはねるのを彼は知らないんだろう。
「そっかー。あ、じゃあさドイツ」
「まだ有るのか?」
「あったりまえだよー。色々シュミレーションしないと!」
「・・・一体何の為にかは、聞いても無駄なんだろうな・・。あと正しくはシミュレートだ」
聞いても無駄かどうかは分からないよ、と俺は心の中でちょっと笑った。
「女の子の俺が、ハグしてキスして、って言ったらしてくれる?」
「・・・それは今だってしてるだろう」
「だからだよ。女の子でもしてくれる?」
「しないと大泣きされるんだろ?女性を泣かせていると白い目でみられる事を考えれば、ハグとキスの方がマシだ」
「オッケー。じゃあ次、女の子の俺が町中で手をつないでって言います。どうしますか」
「・・・前言に同じ、だな」
一体何の訓練だこれは、と笑いながら返してくれる返事に、俺は一つ一つ嬉しい気持ちになる。
「それじゃ、女の子の俺が一緒に寝るって言ったら寝てくれ」「断固拒否する」
台詞の途中で、思い切り遮られた。ヴェー。
「なんでー?今だって一緒に寝てるじゃんかぁ」
「お前・・その貞操観念の低さには驚きを通り越してあきれるぞ。大前提としてお前が女だった場合、だろ?」
「うん。一緒に寝ようよあったかいよ?俺ベッラだからきっと胸もあるよ!」
こんなだよきっと!と手で乳の形を作ってみせると、ドイツは真っ赤になった顔で
「お前も男なら分かれ!隣にそんな女性がマッパで寝てたら困るだろうが」
今は男同士だから、というか寧ろ俺は許した覚えは一度も無いぞお前がマッパで俺のベッドに入ってくる事を!
無駄に倒置法になっちゃったのはきっと、いっぱいいっぱいな所為だ。
「ヴェー・・・じゃぁドイツは俺が女の子になったら、もう一緒に寝てくれないの?」
「当たり前だ。只の友人同士で男女が同衾するなんて聞いた事が無い」
全く、お前男で正解だ、女だったら許しがたい貞操観念してるぞバカ。
そう言いながら紅くなった顔を隠す様に酒をあおるドイツに、思わず笑みがこぼれる。
「ね、ね、ドイツ。それってさ、女の子の俺が隣で寝てたら襲っちゃいそうだからダメって事?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・健全な成人男性の反応であると主張する」
「あはは!オッケー理解しました。そっか、俺女の子になったらドイツの好み範囲内なんだ?」
やったね、と内心ピースを作っていると、ドイツが何が言いたげな顔で俺を見た。
「ん?何?」
「・・・・・・・いや。気にしてないならいい」
その歯切れの悪さが引っかかる。
「なになにー?どうしたのドイツ、言ってみてよ」
「・・・その・・・男に『お前が女だったら好みだ』と言われて嬉しい物かと・・自分で考えてみて非常に微妙だったものでな。お前はいやじゃないのか?」
本当に想像してみたんだろうなあ、と思う程もの凄く微妙な顔をしてドイツがそんなことを言うものだから、俺は思わず笑ってしまった。
「俺、ドイツに『女だったら好みだ』って言われたらすっげー嬉しいよ」
だってそれは、ひっくり返しても『男だから嫌い』になる言葉じゃないでしょう?
「容れ物が女の子じゃないってだけで、中身を気に入ってくれたからこその言葉じゃん。そっかー、じゃあ俺女の子になれたら、ドイツの恋人に立候補する
よ!」
言ってるうちに嬉しくなって来て、わくわくと手を上げると、ドイツは何故かあきれかえった様な顔をして、
「・・・・・・・・・酔っぱらっているとはいえ、お前、本当に思考が前向きだな・・・」
そう言った。でもねドイツ。
「返事になってないぞー?ね、俺が女の子だったら恋人にしてくれる?」
「あーはいはいわかったよ」
「ホント!?約束だよドイツ!破ったら針百本だよ!」
「わかったから!お前が女だったらつき合う、それでいいんだろ?あと飲ますのは針千本だ」
これだから酔っぱらいは、と言いたげに首を縦に振るドイツに、にんまりと笑いが浮かぶのを止められない。
「・・・おいイタリア、言っておくが俺はお前が正真正銘男だと知ってるんだぞ?お前、本気で性転換手術とか受ける気じゃないだろうな。悩みが有るのなら聞
くが」
「やだなぁドイツ、手術なんか受けないよ」
じ、とやたら真剣な目でみつめられて、それだけでもうドキドキしてしまう。
(嘘は言ってないもんね、嘘は)
会計を終わらせて、今夜は自宅に帰ろうかな、というと、ドイツはちょっと驚いた顔で俺を見た。
「それに関しては全く問題ないが・・・・・お前、大丈夫か?」
「えー、何が?だって兄ちゃん明日の朝帰ってくるって言ってたし」
「そうじゃなくて。ーーー本当に、悩み事とかあるんじゃないか」
いつも飲んだ後はドイツの家に転がり込んで、わぁわぁ言いながら同じベッドで寝る俺が、自宅に帰るなどと言い出した物だから、ドイツは何やら心配になっ
てしまった様で。
「うん・・明日切れちゃうパスタの事考えると夜も眠れないよ俺」
「よかったいつも通りだな家まで送ろう」
「酷いよドイツー!」
そんなじゃれ合いをしながら歩く月明かりに照らされた石畳の道は、歩きなれたそれ。
ヴェ♪ヴェ♪ と歌いながら歩く俺と静かに歩け、とたしなめるドイツを、満月が照らしていた。
「じゃあ、おやすみ。階段に気をつけて、風呂の中で寝るなよ、あと目覚ましはきちんとかけておけ」
「ヴェー・・わかってるよ大丈夫。送ってくれてありがとね、ドイツ。おやすみ」
玄関の扉の前で、お休みのハグとキスをしてもらって、俺は自分の鍵を取り出して玄関を開けた。
真っ暗な家の中に足を踏み入れて、急いで二階へと上がる。電気は付けなくても月明かりがあるから平気。
二階の廊下の窓から、ドイツが家の門をくぐる姿を見送る。
その背中に、俺は小さく笑ってつぶやいた。
「約束だよ、ドイツ」
きっかけは、先月のある夜。
いつも通り眠っていた俺の夢の中に、懐かしい人の声がした。
『ーーリア、イタリア!』
「・・・・・・・・・・じ、い、ちゃん?ローマじいちゃん!?」
明るい、雲の中の様な空間で、声の主をきょろきょろと探すけれど、そこには俺しか居なかった。
声は、まるで俺を包み込むみたいに、四方に共鳴して聴こえてくる。
『イタリア、相変わらず可愛いなー!元気だったか?』
「うん、元気だよ!出て来てよじいちゃん、顔見て話そうよ」
夢だと分かっていても、分かっているからこそ、顔が見たかったけれど。
『ごめんなー。色々頑張ったんだけど、コレが精一杯だったんだ。声だけで我慢してくれ』
「そっかー・・でもじいちゃんと話が出来て嬉しいよ!」
心のそこからそう言うと、じいちゃんの嬉しそうな笑い声が聴こえた。
『あーそうだそうだ、忘れる所だったぜ。あのなイタリア。イタリア=ヴェネチアーノ』
あらたまって名前を呼ばれると、やはりちょっと背筋が伸びる気がする。じいちゃんの声にはそういう威風がある。
「なぁに?じいちゃん」
『お前にな、言わなきゃいけない事があるんだ』
思っていたよりも真面目な声の響きに、俺はちょっと不安になった。
「ど・・どうしたの?何かあったの?」
『いや、何があったってわけじゃねぇけど。・・・お前に、謝っておかなきゃいけない事が有る』
「あやまる・・?」
じいちゃんと一緒に居た頃、俺は本当にまだ子供で、じいちゃんには守ってもらうばかりだったのに?
一体何をつげられるのか、と首を傾げていると、あのな、とじいちゃんが言う。
『お前、生まれた時は女の子だったんだわ』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
その内容に、思わずぽかん。としていると、実はな、と声が話しだした。
イチから説明してくれた声によると、俺はじいちゃんと一緒に居た頃、女の子だったそうだ。(覚えてないけど)
でも、じいちゃんが、居なくなってしまって。
俺と、兄ちゃんで、イタリアとして生きて行かなくちゃ行けなくなったとき、じいちゃんが最後の力で、俺を男の子にした、んだそうだ。(どうやって?と聞
くと、まぁお迎えに来た奴らを人質にとってちょっと白いヒゲのじじいをおどしてみたりとかしてなあはははは、と言われた。よくわかんないや)
まだ小さかった俺は、確かに今思えば男だからまだよかった、と思える部分もある。
女の子で今みたいなヘタレ(・・・自分でもそう思うのが悲しいよね)だったら、ここまで大きくなれたかも分からない。ハンガリーさんも小さい頃は男とし
て必死に生きて来た、って聞いたことがあるし。
女の子である、というのは何も恥じる事ではないけれど、あの激動の時代に生き残る為には仕方のない選択だったんだろう。
「それは、わかったよ。・・・でもじいちゃん、どうして今それを俺に謝るの?」
俺、女の子だった時の事とか全然覚えてないし、今は男でも幸せだよ?
そう言って首を傾げると、じいちゃんの声が静かに言った。
『身体は男になって、それにお前がなれていても。ーー根っこの部分は、女なんだ。・・・お前、あのムキムキの事、本気で好きだろ?』
思わずぴくり、と肩が揺れた。
『あのな、ヴェネチアーノ。お前は本当は女の子なんだから、男を好きになるのは普通の事なんだ。まぁ相手がジャガイモってのが気にくわねぇけど、お前の幸
せが一番だからな!あとその所為で期限が来ちまって』
「え、何その期限って」
さら、っと言ったけど結構大事じゃないそれ。
思わずそう突っ込むと、『あ、やっぱりお前もそう思うか!?やっぱ大事だよなー』なんて言われちゃって、俺もつられてちょっと笑ってしまう。
『で、その期限についてなんだが。・・・お前を、男の子にするときに、しろひげのジジィと話し合ってな。何が何でも男でいてもらうのは、1000年が期
限ってことになったんだ。1000年乗り越えられれば、国としてはまぁ大丈夫だろ、って事でな。そこから先は・・・お前次第だ』
「俺、次第・・?」
『簡単に言うと、お前が誰か男を好きになって、どうして自分は男なんだろう、と思う時。その時が来たら、お前に全て話して、お前自身に決めてもらおう、て
事になった。神様のヤツ、そこだけは譲らなかったなぁ』
俺も、お前には幸せになってほしかったから、まぁ譲ったけどな。
それからじいちゃんは暫く、でも俺的には男同士何が悪いんだ?って感じだったし、ジジィの心配とか意味分からんと思ってたけどなー、とか呟いてたみたい
だけど、俺の耳にはそれ以上は入ってこなかった。
俺が、女の子だった。
俺が望めば、女の子に戻れる。
ドイツの、恋人になれる可能性が、生まれる。
そう思っただけで、頭の中が真っ白になってしまったからだ。
だって、ずっと好きだった。
好きだって言ってほしくて、キスだって口にしたくて、ぶっちゃけ最近一人でする時はいつもドイツの事ばっか考えてて、でもドイツは、ドイツだから。
前にバレンティーノの時に、俺の送った薔薇で勘違いして、恋人ごっこみたいな感じになった時も、ドイツは正気に戻ったあと凄く後悔してた。
あの、二度と思い出したくないって言って引きこもってしまったドイツの部屋の扉の前で、俺は本当に泣きそうだった。男相手に恋人ごっこをした事を、ドイ
ツが心から後悔してるって知って、心が張り裂けそうだった。
俺が男であるかぎり、ドイツの恋人にはなれないんだ。
そう、思い知ってしまったから。
好きになったって事実だけなら、神聖ローマの事も、本気で好きだったけど。あの頃俺はまだ小さくて、なにより神聖ローマが俺を好きだと言ってくれてた。
俺は自分の性別に悩む事なんて無くて、誰かを好きになって自分の性別で悩んだのは、ドイツが初めてだった。
そんな俺の心に、じいちゃんの提案は一筋の光を運んで来た。
「俺が、望めば、女の子にな・・戻れる、の?」
『あぁ。ただし、今回は「なる」んじゃなく「戻る」だからな。それを選べば、もう男にはなれないぞ』
まぁお前も考える時間とか、服とか準備があるだろうから、ゆっくり考えろ。
来月の満月の夜に、お前の決断を聞こう。
ベッドサイドのチェストの上に、小さな瓶を置いておく。
来月の満月の夜にだけ、瓶は開くから。
戻る事を選ぶのなら、中の水を飲め。
戻らない事を選ぶのなら、飲まずに捨てろ。それは自動的にじいちゃんの所に戻ってくるから、またお前が欲しいと思う時まで預かっておく。
いいか孫よ、これだけは言っておくけどな、
後悔は、するな。幸せの方に向かって歩け。
柔らかなエコーを残して、声が遠ざかって行って、俺はぱちりと目を開けた。
見慣れた天井、朝日の差し込む窓辺。
「ゆめ・・・?」
ぼう、とした頭で、ふと巡らせた視線の先、ベッドサイドのチェストの上に。
小さな、見覚えの無い小瓶が置いてあった。
そして、今日がその満月の夜。
あれから、色々試してみても絶対に空かなかった小瓶の栓が、今目の前でぽとりと自然に落っこちた。
そっとつまみ上げて満月の光に空かしてみると、瓶の中には透き通った液体が入っている。
(ドイツの、目の色みたい)
ふふ、と笑って、一気に瓶の中身を喉に流し込む。
ごくん、と飲んだ瞬間、目の前がふわぁ、とぼんやり明るくなった。
「わぁ・・・」
ぽわ、ぽわ、と小さな灯がどこからともなく現れて、身体の周りを飛び始め。
あっという間に視界が真っ白になるほどの光に包まれて、それは突然ふ、と消えてしまった。
痛くも痒くもなんともない、けれど。
おそるおそる胸元に手をやると、ふよん、と揺れる二つのそれ。
ついで股間に手をやってみるが、つるりとした感触で、なにやらスースーする。
「お・・おれ」
上ずっただけではない、高めの声。
「やった!俺、女の子だ!」
思わずジャンプすると、大きく揺れた胸が着地してから重力に引っ張られて、ちょっと痛かった。
とりあえずバスルームに駆け込んで、ひとしきり自分のボディチェックをしてから(胸はCカップだった。おしりもぷりっとしてるし、腰のくびれもいい感
じ!いいじゃない俺!)、いそいそと部屋のクローゼットの奥に隠しておいた下着を取り出す。
(ちなみに下着はBカップからEカップまでひととおり、通販で買いました。ハンガリーさん、名前かりちゃってごめんね!)
ネットで吟味した、可愛いけど派手すぎない下着を付けて、鏡の前でポーズをとる。誰も見てないから恥ずかしくなんてないよ!
「えへへ・・ドイツ、気に入ってくれるかな。清楚系が好きって言ってたから選んでみたけどどうかな!」
あぁ、明日が待ち遠しい!
わくわくしながらネットに載ってたとおりお肌の手入れをして、慣れないけれど冷えない様に寝間着を着ると、俺は幸せな気持ちで眠りについた。
次の日の朝、俺を起こしたのはドイツに言われた通りにかけていた目覚まし時計ではなく、バタバタと駆け込んで来た兄ちゃんの大声だった。
「おい起きろヴェネチアーノ!!お前、ちょっと身体みせてみろ!!」
ばぁん、ともの凄い勢いで寝室のドアを開けて飛び込んで来た兄ちゃんが、勢いそのままに俺の両肩をつかむ。
「な・・なに兄ちゃん、ちょっと痛いよー。どうしたの?」
寝ぼけた頭でやっとそう言うけれど、兄ちゃんからの返事はない。
「にいちゃん?どうしたんだよー」
ごしごし、と目を擦って、目の前の顔を覗き込めば、兄ちゃんはなんとも言いがたい顔をしていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お前、女に戻ったんだな?」
その視線の先には、寝間着の胸元から除く、胸の谷間。
「あ・・・そっか、昨日、俺・・・そう!そうなの!俺、女の子に戻ったんだよ!ーーって、兄ちゃんなんで知ってるの?」
夢じゃなかったんだ、と嬉しくなってそう言うけれど、よく考えてみればどうしてだろう。
くい、と首を傾げてみせると、兄ちゃんは珍しくため息をついて、ベッドにすとんと腰掛けた。
「昨日の夢の中に、じいちゃんが出て来てーー声だけだったけどな。そんで、お前の身体の事を話してった。只の夢にしては矢鱈よく覚えてるし、もしかしたら
と思って確かめに来たら夢じゃねぇし・・」
そこまで言って、またはぁ、とため息をつく。
「ど・・どうしたの兄ちゃん。俺が女の子に戻ったの、嫌だったの?」
確かに、相談とかしなかったし、ドイツの事しか考えてなかったけど、兄ちゃんにしてみたら弟が妹になっちゃったわけで、女の子になったら俺の事嫌かもし
れない・・そう思って、ちょっと泣きそうになっていると。
「嫌な訳ねーだろバカ!だいたいお前女になったらめっちゃ美人じゃねぇか流石俺の妹!ただ気に入らねぇのはその動機だ、動機。・・・お前、あのジャガイモ
の為に戻ったんだろこのやろー」
こんなベッラな妹が出来たのに、あのジャガイモに取られると思うと嫌にもなる・・とつぶやく兄ちゃんに、俺は思わず抱きついた!
「ありがとう兄ちゃん!俺、ドイツに取ってもらえる様にがんばるよ!!」
「だから、頑張らなくて良いって言ってんだ!ちぎーー!!」
思えばこの日は朝から家の中がにぎやかだった。
淡い花柄のワンピースが、膝のあたりでふわりと揺れる。
足下は、なれて無い事を考えて、低めのウェッジソールのロングブーツ。
全体に甘くなりすぎない様に、黒のテーラードジャケットを羽織る。
首もとにふわりとストールを巻いて、鏡の中に写った自分は、
「悪くないじゃん!髪も早く伸びないかなー、アレンジとか俺出来るかな」
今まで着てた服は男物ばかりだけれど、ちょっと手直しすれば着れるものも多いし、最近は男物をわざと可愛い服に合わせて甘さを押さえる着方もあるし。
クローゼットを漁りながら、これはちょっと短くして、アレはこのスカートと合わせれば着れるかな、と考えるのも、本当に楽しい!
(俺、ホントに女の子に戻って良かったよー!そんで通販のある時代でよかったよー!)
女の子用の服も、戻った今なら堂々とお店で買えるけれど、通販がなければ戻ってからお店に行くまでに着ていく服が無い所だった。
お店でどんな服買おうかな、とわくわくしていると、ヴェー、ヴェー、と携帯が鳴った。
着信の表示を見て、俺の心拍数が跳ね上がる。
「もしもし!」
『・・・おはよう、イタリア』
あぁ、耳元で名前をよばれただけで、舞い上がっちゃうよ!
「お、おはよう。どうしたの?」
『どうしたもこうしたも・・・お前、今日の打ち合わせの時間覚えてるか?』
言われて壁の時計を見れば、仕事の約束の時間はいつの間にか過ぎていて。
「え・・うそ、いつの間に!?ごごごめんドイツ、服選んでたら夢中になっちゃって」
まずい、バッグどこ置いたっけ、あ、財布と鍵と、えーとそれからえぇと、
『いいから落ち着けイタリア。今から家を出るんだろう?待つ間に読む本も持って来ている。慌てて転んだりするなよーーー今日は体調もあまり良くないようだ
し』
ばたばたと支度をして、部屋のドアを開けようとして、聴こえた台詞に思わず手を止めた。
「え・・別に、体調は悪くないよ?なんで?」
『でもお前、声が何時もと違うぞ。気付いてないだけで、風邪の引き始めじゃないのか?』
そう言われて、思わず「あ、そっか!」と口に出して納得してしまった。
『何があぁそうかなんだ』
「うぅん、逢えば分かるよ!あと体調はバッチリ大丈夫であります!」
階段を駆け下りて、居間で俺がこれまた通販で買った女性向けの雑誌をぱらぱら眺めてる兄ちゃんに、「行ってきます!」と声をかけて。
玄関を出た所で、大事なことを言うのを忘れてた事に気付く。
「あ、そうだドイツ!」
『今度は何だ』
「昨日の約束、覚えてるよね?」
『昨日の、約束ーー?』
考え込む様な声がして、やっぱりね、と口角が上がる。
「覚えてないの?酷いなぁドイツ、俺にとってはメチャクチャ大事な約束なのに」
『い・・イタリア?』
滅多に聞けないドイツの焦った声に、俺のテンションは上がる一方!
「俺がそっちに行くまでの間に思い出してね!嘘ついたら針百本だからね!」
言うだけ言ってプ、と携帯を切ると、大きく上げた手でタクシーを止めて、俺はうきうきと乗り込んだ。
待ち合わせのホテルのロビーに足を踏み入れて、ラウンジでドイツの姿を探す。
つー、と視線を滑らせて、観葉植物の向こうに、ドイツの金髪と後ろ姿を発見!
「ごめんね遅くなって!」
小走りに近づいて、横から声をかけると、本を読んでいたドイツが顔を上げて、俺を見た。
(ど・・どうかな俺ドイツの目に可愛く映ってるかな)
どきどきしながらドイツの反応を待っていると、ドイツは予想に反して、とても疲れた様な顔をしてため息をつく。
そして。
「・・・・・・・・・・・・イタリア。仕事の席にそんな格好でくるのは感心しない」
苦々しい、と、言うのがしっくりくる口調で、そう、言った。
一瞬さぁ、と血の気が引いた気がしたけど、よく考えてみれば確かにそうだ。男だった時も、仕事の席にはスーツで行ってたのに、今日はワンピースにブーツ
なんてラフな格好で。
「あ・・・ご、ごめん。その、女に戻ってからドイツに初めて逢うから、お洒落しなくちゃって、思っちゃって・・・次から気をつけるね」
もしドイツが嫌なら、すぐ他の服買ってくるよ。あ、でも俺いつもスーツは仕立ててるから、女性用は注文しないとーー
そこまで言って、がたん!と音をたてて立ち上がった相手に言葉を失う。
(どうしたんだろう、ドイツ、すごく苛々してるみたい)
「ど・・ドイツ?どうしたの、そんなに俺の服気に入らなかった?でも俺昨日この身体に戻ったばっかりで、他に用意出来なくて」
「おいイタリア、さっきからお前何を言ってるんだ。冗談なら程々にーー」
がし、とつかまれた右肩がいつもよりも痛くて、思わず見開いた目から、我慢してた涙がぽろ、とおっこちた。
ドイツはといえば、俺の肩をつかんだ姿勢のまま、何故か固まっている。
「・・・・・・・・・・お前、イタリア、だよな・・・?」
15秒程の静寂の後、ドイツがおそるおそる口を開いた。
俺はさっきまでの苛々オーラがなくなった事に安心してしまって、口を開いたらまた涙が出そうで、結局何も言わずに頭を縦に振る。
(ドイツは、俺が女の子に戻ったの、嫌だったのかな・・・)
そう思うと、うつむいたまま顔を上げる事が出来ない。
新品のブーツのつま先がぼぉ、とぼやけるのを見ていた俺だけど、ドイツが次にとった行動には思わず涙がひっこんだ。
「失礼」
頭の上で、そうドイツの声が言った、と思った次の瞬間。
ふわ、と身体が温かいものに包まれた。
「へ」
背中にまわされた手に、丸くなっていた背筋が自然にのびて、つられて上がった顔の前には、ドイツのスーツの布地。
ハグ、されてる。
ドイツの厚い胸板に、昨日取り戻したばっかりの自分の胸が、むにゅ、と押し付けられているのがどうにも恥ずかしいけど、ハグしてもらえたのは嬉しいし幸
せで、だけどもう死んじゃうかもしれないってくらいドキドキして、
「ドイツ・・」
ふわふわしたままドイツの名前を呼んだ、自分の声にびっくりして思わず口を覆った。
(だって、あんな甘い声が出るなんて!)
ふと気付くと、ドイツも驚いた顔でハグをやめてしまっていて。
さっきまでのぬくもりをもう一度感じたい、そう思って手を伸ばすと、がし、と手首をつかまれた。
「いたい!」
「あ・・あぁ、すまん。・・・イタリア、場所を変えよう。まずはお前のその身体について話合わなければ」
そう言ったドイツの顔が凄く真剣で、俺はぼぉっとした頭で(あぁ、格好良いなぁ)とか思いながらこくりと頷いたのだった。
そのまま手を引かれてたどり着いたのは、同じホテルのドイツが泊まってる部屋。
広めの部屋に備え付けられた、丸テーブルの向こう側の椅子に腰掛けると、ドイツはひとつ大きなため息をついた。
「ーーーで?説明してもらおうか」
ちら、と俺の方をみて、すぐに視線をそらすその仕草に不安になりながら、俺は一生懸命説明した。
じいちゃんから聞いた、俺が元々女の子だったってこと、じいちゃんが居なくなる時に男の子にしたってこと、タイムリミットが来て、俺が女の子に戻る事に
したこと。
いつも「順序立てて話せ」って言われてるから、出来るだけそうしたつもりだったけど、結局話が飛んじゃったりもして、でもドイツは真剣に聞いてくれた。
「それで、昨日この身体に戻って、今日ここに来たの」
伝えなくちゃ、と思っていた事を言い切って、俺はそう言うと口を閉じた。
部屋には、暫くの間沈黙がおりる。
思っても見なかったその気まずさに、俺は耐えきれずにテーブルの上に置かれていたドイツの左手の袖を引っ張った。
(だってドイツ、全然俺の方みてくれないんだもん!)
「ど・・ドイツ、怒って、る・・・?」
俺が、何にも相談せずに決めちゃったから、怒ってるの?それとも、
「俺が、この身体に戻ったの、イヤだった・・・?」
どうしよう、もう男には戻れない。女になった自分をドイツが嫌だと感じてしまったら、俺は、とんでもない事をしてしまった事になる。
俺ってなんてバカなんだろう!ちゃんと聞いてから決めればよかったんだーーーそう思ったら、じわりと涙が滲んで来た。
俯いたら涙がこぼれてしまいそうで、じっとドイツの横顔を見ていたら、ちら、とこちらを見たドイツと目が合った。途端にドイツの顔が真っ赤になる。
あれ、と思っている俺の視線の先で、ドイツは俺がつかんでいるのと反対の方の手で顔を覆って、
「・・・怒っては、いない。が、正直困ってる」
そう言った。
その仕草は本当に途方にくれたそれで、でも何に困ってるのか分からなくて、俺は首をひねるしかない。
「えっと・・俺が、男じゃなくなったから、困ってる?」
とりあえず思いついた理由を言ってみたら、ドイツはこくりと頷いた。
「でもホラ、俺男だった時から弱かったし、女に戻ったからってドイツが困る事ないよ!仕事だって今までどおり出来るし、歌はテノールからメゾになっちゃっ
たけど歌えるし」
「ーーイタリア、俺が困ってるのはそういう事じゃなくて」
だから嫌いにならないで、そう思って一生懸命並べてた言葉は、ドイツの静かな声で遮られた。
「じゃ、なく、て・・・?」
相変わらずドイツの顔は真っ赤で、その事が俺の心拍数を更に加速させる。
(もしかして、もしかするのかな)
どきどきしながら辛抱強く待っていると、ドイツは観念したように口を開いた。
「・・・・・理由が、なくなってしまった」
「・・・・・・・・・・・理由?」
「そう、理由」
「えーと・・・何のって、聞いてもいいのかな」
首を傾げて言ってみる。
「あー・・その・・・・お前に、」
「俺に?」
言いにくそうな言葉を促すと、ドイツは一つため息をついて、諦めた様な笑みを浮かべて俺を見た。
「・・・・・・・・・イタリアに、惚れてはいけない理由が。今まで男同士だから、と、言い聞かせていたのに、お前は女に戻ってーーーしかもこんな美人で、
もう理由が無い」
言葉が耳に入ってから、頭で理解するまでに、10秒くらいかかったと思う。
(それって、ようするに、だって)
「ドイツ、それって」
「ーー俺の負けだ、イタリア」
心の奥からわき上がってくる歓喜を持て余して、ぼぉっとしてしまった俺の手を、ドイツの大きな手が握った。
「俺と、結婚を前提につき合って下さい」
うまく言葉が出てこなくて、こくこくと頷く俺に与えられた始めての唇へのキスは、想像なんか目じゃないくらい幸せな味がした。
それから大急ぎで仕事を終わらせて、街に服を買いに行くことになった俺は、意気揚々とドイツに『昨日の約束』を突きつけた。
「ドイツドイツ!約束だよ、ハグしてキスして、手つないで歩いてね!」
う、と言葉に詰まったドイツなんて、滅多に見られる物じゃない。
「どうしたのドイツ?嘘ついたらどーするんだっけー?」
楽しくなってによによと下から覗き込むと、ドイツはあぁもう!とちょっと乱暴に俺の手を取る。
「針100本だろ、ほら行くぞ!」
照れた顔のドイツは、でも意外に俺のペースに合わせてゆっくり歩いてくれて。
俺はこそばゆい気持ちになりながら、うきうきと銀杏並木が金色に輝く街へとくりだした。
おしまい。
4周年記念リクエストで、ざわこ様から頂きました「ベッラなイタちゃんとたじたじな隊長」でした。
この設定の女体化は結構前から暖めていたネタだったので、書けて楽しかったですww
隊長にはもっとたじたじしてもらいたかったですが(笑)
ざわこさま、こんなん出ましたが如何でしたでしょうか。
楽しんで頂けたら幸いですww 素敵なリクエストありがとうございました!!
2010.12.22 伊都