「あと薄いピンクから濃いピンクまで、4種類くらいの薔薇と、グリーンを適当によろしく」
言われた通りに書き取ったメモを胸ポケットに入れ、了解、とつぶやくと、ドイツは振り向きもせずに自分のトラックへ向かった。
Sweet Flower Love
ドイツは花屋だ。
兄と二人で営む生花店では、店頭での一般むけの花の他に、店舗やイベント会場のフラワーアレンジ用の花も取り扱っており、ドイツは基本的にフラワーアレンジ用の花の配達に回っている。
鍵をまわしてトラックの荷台を開け放つと、中から瑞々しい花の香りが溢れ出した。
荷台いっぱいに積まれた色とりどりの花の中から、先ほどフラワーデザイナーから言われた通りの花を見つけ出す。
「ピンク4、5種類と、グリーンを適当に、か」
『適当に』などと曖昧なリクエストにも関わらず、ドイツが植物を運び出す動作に迷いは無い。
その理由は簡単、クライアントのよく使うグリーンを知り尽くしているからだ。
その証拠に、選んだ植物を台車に積み込んで作業中の店舗に入った途端、ドイツの方を見たフラワーデザイナーの顔が、ぱっと明るくなる。
「うわぁ最高!俺が欲しかった色ばっちりじゃん。流石はドイツだね」
「いつも贔屓にしてもらってるからな」
「あはは、それじゃあこれからもよろしく。じゃあグリーンはそっちに置いて、薔薇をこっちに頂戴」
にこ、と笑って指示を出す男の名は、イタリア。地元で人気のフラワーデザイナーで、ドイツの「お得意様」である。
初めて一緒に仕事をしたのは4年前、近所に新しくオープンするブティックのフラワーアレンジの仕事だった。
周りを和ませる笑顔を振りまきながら、誰もが美しいと思う様な絶妙の配置で花をいけてゆくイタリアに、ドイツは心を奪われた。
ころころと変わる表情が、いざ花をいける段階になると、真剣なものに変わる。
どの色の花を、どの角度で、どういう風にいければ、その花が輝くか。
デザインに妥協を許さないイタリアの仕事を見るのが、ドイツの密かな喜びとなった。
そして、その仕事に使われる花も、手に入る最高の物を用意した。
ブティックのアレンジは、かつて無い程好評で。
それ以来、イタリアはドイツの花屋を指名する様になったのだ。
そして今も、結婚式の為に貸し切られた店舗のアレンジメントの仕事の真っ最中だ。
ピンクの薔薇を一本手に取り、真剣なまなざしで、メインとなる入り口のブーケに向かうイタリアの横顔を、ドイツは無言で眺める。
今彼の頭の中では、このドイツが吟味し仕入れて来た薔薇を、一番美しく見せるための構図が形作られているのだろう。自分の子の様な花の事を、一生懸命に考えているのだろうな、と思うと、イタリアという個人に対する愛おしさがこみ上げてくる。
(クソ、かわいい)
顔には出さないが、そう思いながら眺めていると、突然イタリアがこちらを振り向いた。
ドイツはといえば、いつも通りまっすぐイタリアを見ていたものだから、それはもう、音がしそうなくらいにばっちり視線が合う。
「!!」
「?」
あ、目が合ったな。
そう思った瞬間、何故かイタリアの顔が真っ赤になった。
「おい、どうかしたのか?顔が真っ赤だぞ」
「あ・・・え、いや、その」
自分の方を見て、うわごとの様に言葉を漏らすイタリアに、何か変な物でも見たのかと背後を振り返ってみたが、後ろには花と壁しかない。
再度イタリアを振り向くと、先ほどとはうってかわって、困り果てた様な顔でブーケに向かっていた。
向かってはいるが、その視線はふよふよとさまよっていて、手にした薔薇もふよふよと揺れている。
「イタリア、大丈夫か?少し休憩を」
「だいじょうぶ、うん、大丈夫。・・・ただその、ドイツにお願いがあって」
赤みの引かない頬のまま視線を泳がせてそういうイタリアは、
(なんなんだこの可愛らしい生き物は!)
と思わず胸の奥で絶叫してしまう程にかわいらしかったが、その口から出た「お願い」に、ドイツは心臓がすぅ、と冷たくなった様な気がした。
「ホントに悪いんだけど・・・出てってくれないかな。ドイツにそこに居られると、集中できないっていうか・・・」
(邪魔、だ、と、言われたのか)
(花屋がフラワーデザイナーの邪魔をしてどうするんだ)
(でも何故、今回に限って)
頭の中でぐるぐると回る疑問符に言葉を発せずに居ると、イタリアが少し焦った様に言葉を紡ぐ。
「ご、ごめんね?いきなり出て行けとか言っちゃって、もちろんドイツが嫌いだとかそういう訳じゃーー」
「いや、こちらこそ邪魔して悪かった。寧ろ今まで気がつかなくてすまなかったな、申し訳ない・・俺は外にいるから、必要な花があったら呼んでくれ」
取り繕うかの様な台詞を聞いていられず、途中で遮って、怒って居ないと伝える為に、なんとか苦笑してみせる。
それも数秒が限界で、ドイツは逃げるようにイタリアのそばをすり抜けて、店の外へと出て行った。
それから数時間かけて、その日の昼過ぎ。
ようやくアレンジメントは完成し、依頼主にも納得してもらえる仕上がりとなった。
空になったバケツや、花をしばっていた紐等を拾い集め、ほとんど中身のなくなったトラックの荷台へと収納する。
いつもなら、出来上がった喜びをスタッフ全員で手を叩き合ったりハグしたりして分かち合うのだが、今日はどうしてもイタリアに近づく事ができなかった。
そしてイタリアも、いつもなら出来上がり一番にドイツに飛びついてくるのだが、今日は他のスタッフと手を叩き合っているばかりで。
(いつも通り、だったはずなんだが・・・何をしくじったのか、理由が分からないから対処もしようがない)
後は三々五々現地解散となり、ドイツもため息をこらえて自分のトラックの運転席のドアを開ける。
空けて、乗り込もうとして、固まった。
「・・・・・・・・・・イタリア?」
運転席のむこうの助手席に。
今日あれから自分を避けまくっていた相手が、座っていた。
「おつかれさま、ドイツ」
にこ、と笑ういつもの顔が、どこか緊張しているように見えるのは気のせいだろうか。
「・・おつかれさま。あー・・・その、お前何してるんだここで」
乗り込もうと片足をトラックにかけたまま、ドイツはイタリアを見上げて問いかける。
「何って・・ドイツを待ってたんだよ。えっと・・その、話があって」
そういうイタリアの表情は、仕事中には見たことが無い程緊張したそれで。
「・・・それは、仕事に関係する話か?」
「えっと、多分、しない」
「そうか」
それだけ聞くと、ドイツは勢いを付けてトラックの運転席に乗り込んだ。
はずみで少し車体が揺れる。
「仕事抜きなら、他の場所で話そう。近くの公園でいいか?」
「うん。じゃあ近くのカフェでサンドイッチ買って行こう」
「賛成」
シートベルトを閉めて、アクセルを踏むと、隣からかすかに花の匂いがした。
トラックを車庫に入れ、使い終わった物を片付けて、店番をしていた兄に、少し出てくる、と言い残して公園へと徒歩で向かう。
途中のパン屋でソーセージサンドを二人分買って、適当なベンチに腰掛けた。
平日の昼間、公園に人影はまばらだ。
「・・・で、何だ話って」
なるだけ自然に見えるよう、パンをほおばりながらそう言うと、隣に座った青年の肩がぴく、と動いた。
それから一寸の間、静寂が二人を包む。
言いにくい話なのか、と考えながらドイツが辛抱強く待っていると、相手はよし!と気合いを入れて口を開いた。
「まず謝っときますごめんなさい!」
「いや一寸待て、お前謝る様な何をしたんだ」
思わず突っ込むと、イタリアは持っていたパンの袋の端がくしゃくしゃになる程握りしめて、真っ赤な顔をしている。
「その・・今朝、なんだけど」
「・・?」
「今朝ね、俺、ドイツの店にいったんだ」
いつも、ドイツが仕入れてくれる花って本当に元気で、みんな凄く綺麗だから、一体どんな世話してるのか、見てみたいって思って。
こないだお店に行ったら、ギルベルトが「当日の朝裏に行けば分かる」って言ってくれて、行ったんだ。
「・・・・・・・で、お前、見たのか」
「・・・・・・うん」
話の途中から絶望的な気持ちに襲われながら、なんとかそう聞くと、相手はこくん、と頭を縦に振った。
それをみてドイツは対照的に、空をあおぐ。
アレを、見られたのか・・・・・
それ以外、何とも言いようが無い。それならば今日イタリアがよそよそしかったのも頷ける。
『あぁ、今日も良い香りだ。お前の様に瑞々しい薔薇は見た事が無い』
『お前の花の色は、夕焼けに染まる雲を溶かし込んだ様だな。本当に綺麗だ』
一つ一つ、バケツに入った花をトラックに積む度に、花束に声をかけて、唇を寄せて。
トラック一杯につまれた花に向かって、扉を閉じる前に、最後に話しかけた言葉は、
『お前達は俺が選んだ最高に美しい植物だ、胸をはれ。愛するお前達をデザイナーに届ける事が、俺の誇りだ。準備はいいな?ーー出発するぞ』
花は人に話しかけられると、美しさを増す。
愛を囁けば、送る相手に愛を届け、逆に否定的な言葉をかければ萎れてしまうのだ。
ドイツは毎回、アレンジメントの仕事に出る前に、つれてゆく花達にキスを送り、声をかける。
そうして最高の花を、イタリアに届けて来た。その方法に間違いはなかったし、やめようとも思わない。思わない、が。
「・・・あー・・・なんというか、その。気色悪いものを見せた。悪かったな」
自分の様な体格の男が、花に愛を囁くなど、見ていて気持ちの良い物ではない事くらい知っている。
おそらくイタリアは、自分のそんな姿をみてーーー1言で言えば、ひいたのだろう、と思っていると。
「そ・・違うのそうじゃなくて!気持ち悪くなんか、全然ないよ!俺は・・俺は、羨ましかったんだ」
隣から聞こえた予想外の言葉に、空をあおいでいた視線を隣に戻せば、イタリアは真っ赤なままこちらを見ていて。
「・・・うらやましい?」
何がだ。俺が?花屋が?
そう訪ねると、違う違う、と首を降る度に、襟足から伸びた不思議な毛がふるふると震えた。
「花が、だよ。俺は、ドイツにそうやって綺麗だって褒めてもらえて・・・キスしてもらえる花が、羨ましいと思った」
「・・・・・・・・・・いたりあ・・・?」
「今日、ドイツが運んで来てくれた花を手に取って、あぁ、この子にドイツはキスをして綺麗だって言ったんだな、って思ったら、もうドイツの事しか考えられなくなっちゃって・・振り返ったらドイツ、あんな目して俺の持ってる花みてるし」
「あんな目?」
「・・・・顔は普通だったけど、目が。愛おしくて仕方ない、って目してた。ーー俺が花を持ってる限り、ドイツが俺の方をそうやって見てると思ったら、ドキ
ドキして、なにも考えられなくなっちゃって・・・・出てって、って言ったんだ」
これは、どういう事だ。
今の台詞は、どう聞いても、告白にしか聞こえなかったんだが。
ぐるぐると頭の中を行き来する感情に、どれを口に出すべきかわからなくなって、結局色んな言葉が寄り集まって、シャボン玉の様に大きくなって、ポン、とはじけた。
残ったのは、胸の奥がじんわりと温かくなるような気持ち。
「お前が、今日俺を避けていた理由は分かった。嫌いだとか気持ち悪い、とかそういう理由じゃないんだな?」
「全然違う!」
「俺が花を見てると思うと、仕事に支障を来しそうだったから?」
「う・・うん」
ふたたびこくり、と縦に降られたつむじを見ながら、ドイツは頬が緩むのを止められない。
「あのな、期待を裏切る様で悪いんだが、あの時俺は、花を見てたわけじゃない」
「・・・ヴェ?」
あ、この顔かわいい。
「イタリア、お前を見てたんだ。俺が選んだ花を持って、一生懸命考えているお前が、愛おしくて仕方なかった。お前が花を持ってる限り、俺がお前を見るんじゃないんだ。お前がお前である限り、俺は『あんな目』でお前を見てしまうと思う。・・・お前が、好きだから」
胸の奥からわき上がってくる気持ちを、言葉にして伝える。
最後に好きだと伝えた瞬間、イタリアの顔が、咲きかけの莟が花開く様にぱぁ、と笑顔になった。
目の前で咲いた美しい笑顔に、思わず何時も花達にする様に唇を寄せると、額に口づけられたイタリアが今度は唇を尖らせる。
「キスは唇にしてほしいであります!」
紅い頬をした花からのリクエストに、ドイツは笑ってその頬に手を添えた。
「フラワーデザイナーからのリクエストだ。応えるのが花屋というものだろう?」
唇を重ねると、さっきまで自分たちを囲んでいた花の香りが、ふわりと鼻腔をくすぐる。
(毎回イタリアの手に届く事を思って、花達に話しかけていた甲斐があった、のか?)
今頃新郎新婦を祝福しているだろう花達に、心の中で感謝の言葉をささやいて、ドイツはもう一度唇を寄せた。
おしまい。
サイト4周年記念リクエスト第一弾
砂原さまより「なんかイタちゃんがキリッとしてて、ドイツがそれを可愛いな、と真顔で見てる話」
ぶっちゃけ一番「まじすか」と思ったのは、「可愛いな、と真顔で見てる」のとこでした(笑)真顔か!真顔かぁ!と思って考えてたら、こんなんでました。
あんまし真顔出てないですね。最後でれでれだし(うわぁ・・)
砂原さま、楽しんで頂けたら幸いです!
リクエストありがとうございました〜ww
2010.11.17 伊都