朝6時25分。
目覚ましよりも5分早く目を覚まし、まだ役目を始めてもいない目覚まし時計を無言のまま止める。
しん、とした室内にしばらくの静寂の後、すぅ、と息を吸う音がして、
「・・・よし!起きる!」
かけ声と共に、ルートヴィッヒはがば、と身を起こした。
一度布団から離れてしまえば後の行動はスムーズだ。
着替えをもって洗面所へ行き、洗顔、ひげ剃り、着替えをすませてリビングへ。
リビングを通り抜けてキッチンに行く途中で、通り道にあるパソコンの黒い本体をコンコン、とノックする。
「起きろ、朝だぞ」
ウィィン、と小さな起動音がするのを背中に聞きながらキッチンに入り、電気ポットに水を入れてスイッチオン。
コーヒーとパンの用意をしながら、リビングのパソコンの様子を伺うと、先ほどの起動音はどこへやら、再び節電モードで沈黙している。男はやれやれ、とた
め息をついて、マグを持ったままパソコンに近づき、今度は手に持ったマグでコンコン、とパソコンをたたいた。
「・・・こら、寝るな。起きないのなら外から起こすぞ」
少し低めの声でそういうと、真っ暗だった画面が、パッと明るくなる。
「・・・」
その明るくなった画面をみて、ルートヴィッヒは苦笑すると、マウスを手に取った。
「こら、朝の挨拶くらいしたらどうだ」
一番前面にでてきていたインターネットブラウザを閉じると、その後ろでは。
「ふあぁ・・・おはようマスター。今朝も早いねぇ・・・」
三頭身くらのものが、もそもそとフォルダから出てくる所だった。
その目をこする仕草の愛らしさに、自然と頬がゆるむのを感じながら、おはよう、と返したところで、電気ポットが沸騰を告げるアラームを鳴らす。
こうして、いつもの朝が始まる。
ルートヴィッヒのパソコンに、よくわからない卵から生まれた秘書ソフト(?)が来てから、一月が経とうとしていた。
この一ヶ月の間に、分かったことと決まったことがいくつかある。
その一つが、この小さな生き物(?)の名前。
名前がないのは呼ぶときに困る、と名を訪ねると、画面の中で、大きな頭がかくん、と揺れた。
「・・・ヴェー・・・オレ、名前わかんないや」
あれぇおかしいね、ふつう知ってるよね自分の名前って、と首を傾げる姿は、本当に困惑している様子で。
「・・・まぁ、卵から生まれたばかりだし、名前が付いてない可能性もあるな」
ぼそ、と言うと、画面の中で大きな瞳が輝いた。
「そう!そうだよ、オレまだ名前ないんだ!ね、マスターオレに名前つけて!」
きらきらと期待を込めた目で見つめられて、今度はルートヴィッヒが困った、という顔になる。
「いや・・そうは言われても名前は大事なものだし、そうそう簡単につけるわけには」
「オレはマスターが付けてくれた名前がほしいの!何かぱっと思いついたのでもいいから。・・・あんまり変なのじゃなければ」
オレってどんな名前が似合いそう?
そういって笑う仕草に、記憶の中にずっとあった名前が、ルートヴィッヒの口から転がり出た。
「・・・フェリシアーノ」
パリンッ
ごくごく小さな声だったが、その名前を口にした瞬間、パソコンの画面が、小さな音と共に一瞬明るくなった。
『名称フェリシアーノ、認証しました。プログラムキーロックを解除します』
同時に聞こえた声は、先ほどまでの無邪気なそれとは完全に異なる、無機質なもので。
「お・・おい、大丈夫か?」
思わず画面に向かって問いかけると、ぼぅ、とした表情から一転、満面の笑みになったそれが、ぴょんぴょんと飛び跳ねはじめる。
「オレ、オレの名前、フェリシアーノだね!ありがとうマスタールートヴィッヒ。すっごく良い名前だぁ」
えへへ、オレ、フェリシアーノかぁ。
先ほど一瞬見せた無表情からは想像も付かないような満面の笑みと仕草に、ルートヴィッヒは自分でも気づかない様な小さな安堵の息をついた。
「どういたしまして。・・・その、喜んでくれている所言いにくいのだが」
「うん?あ、名前の由来の話?」
意外にもズバリ当てられて、思わず答えに詰まる。
「う・・・そうだ。その、フェリシアーノという名前は、俺が昔飼っていた・・・犬の、名前なんだ。イヤなら他の名を考えるが」
「ぜんっぜんイヤじゃないよ!」
話の途中できっぱりと否定されて、ルートヴィッヒは目をしばたかせた。
「あの、あのね。マスターはその子の事、大好きだったんでしょう?」
「あぁ。初めて飼った犬だったからな」
「いっぱい一緒に遊んで、思いで作って。・・・居なくなっちゃった時は泣いてくれたんでしょう?」
「・・・あんなに泣いたのは、生まれて初めてだった」
「だから、オレは、フェリシアーノの名前をもらえて嬉しいんだよ。そんなに大事な子の名前を、オレにくれて、あがとうマスター」
「いや。・・・では改めて、よろしくな、フェリシアーノ」
「こちらこそよろしく、マスタールートヴィッヒ」
握手するように差し出された小さな手に合わせるように、人差し指を画面にちょん、とつけると、なぜだか少し暖かい感じがした。
それから、フェリシアーノについて分かったもう一つのこと。
ルートヴィッヒは基本的に、パソコンの主電源は週に一度しか落とさない。パソコンは起動の時に最も電力を使うため、基本的に夜は節電モードでスタンバイ
させている。
フェリシアーノがやってきた、次の日の朝。
いつも通りパソコンを節電モードから復帰させた途端響きわたった声に、ルートヴィッヒはコーヒーをひっくり返しそうになった。
「ヴェェェェェェェェェ!!!!」
「な・・なな何だ!?」
まさか今度こそ壊れたか、とわたわたしていると、画面の中のフォルダから、小さな生き物が飛び出してきた。
「マママママスター!!??」
「どうしたフェリシアーノ!何かあったのか?」
「何って、いきなりバチッて明るくなって、ビリビリってして、目の前真っ白だしオレもうびっくりして」
「おちつけフェリシアーノ。データやメモリに損傷はないんだな?」
「えと、ちょっと待ってね」
画面の中では、両手をばたばたさせていたのが一転、目を閉じて耳をすましている。
そして数秒後、
「うん、大丈夫みたい。あーびっくりした・・・何だったんだろあれ」
そういって首をひねるフェリシアーノに笑いをこらえながら、ルートヴィッヒはコーヒーを一口飲んで言った。
「おそらく、だが。寝てる所を突然立ち上げたから、寝ぼけたんじゃないか?いきなり周囲が明るくなって、驚いたんだろう」
「ヴェ・・・そう、かも。そっか。寝てるときにいきなり起こされたの初めてだったからびっくりしちゃった!でもマスターも悪いんだよ?声かけてくれればオ
レ自分で電気くらいつけるのに」
その台詞に、男は少し驚いた様に目を開く。
「お前、自分で電源入れられるのか?」
「部屋の電気つけたり消したりでしょ?出来るよー」
「じゃあ今消してみろ」
「うん。おやすみー」
「いや、寝ろと言った訳じゃーー」
言葉の途中で、画面がふつりと黒く染まった。
キーボードの端に点る点滅は、スリープモードを表している。
「・・・驚いたな。音声認識でオンオフ可能とは助かる」
思わず感心したのもつかの間。
「で。・・これ、どうやって起こせばいいんだ?」
結局パソコンの本体をコンコン、と叩いて声をかける方法で落ち着いたのだが。二週間後、この機能になれてしまうと職場でもパソコンに声をかけてしまいそ
うで怖い、と苦笑するルートヴィッヒの姿がみられたとか。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
つか便利だなそれ!ていう機能を搭載してみた(笑)。
なかなか最初に考えてたシチュエーションまでたどり着かないんだぜ!がんばるんだぜ!
2010.09.02 伊都