さて。



 あれよあれよという間に家に泊まることが(家主の意向を無視して)決定し、少々あぶなっかしい足取りのイタリアを腕にひっつけたまま、俺は考えた。




 イタリアの頭の中では、俺という存在は、「友達カテゴリ」に分類されていて、「恋愛対象カテゴリ」は別にあるらしい。
 ここでまず行うべき事は、2つ。

 1,「恋愛対象カテゴリ」に入っている、どこの誰だか知らんが知りたくもない相手を、イタリアの脳内から削除する事。
 2,「友達カテゴリ」から「恋愛対象カテゴリ」に俺の名前を移動させる事。

 上述の2つを確実かつ効率的に遂行するためには、どうすればいいか。
 ただ単に「友達とは思えない」などと言ってみても、こいつの事だから絶対に「俺の事嫌いになったんだぁぁぁ!!」と大泣きして、それを必死になだめている間になんだかあやふやになって、不完全燃焼のまま終了するのは目に見えている。いつものパターンだ、こちとら学習機能というものが備わっているのだ。二の轍三の轍を踏んでたまるか。
 とはいえ「恋愛対象として見て欲しい」と言うのは(まぁ仮にこの俺にその台詞が言えたとして、だが)性急すぎて断られる危険性も高い。


 ふむ。
 ここはやはり、じわじわと、徐々に認識を改めさせるのが一番良い気がする。


 ある日気が付いたら「俺ってドイツの事好きだったんだー」パターンだ。
 まぁぶっちゃけ俺の自覚パターンと一緒、というのを狙いたい。

 気付いたときにはどうしようもなく好きになっていた、という場合、事実を受け止める諦めも早く着くというものだ。
 ちなみに経験談だが、だからこそ確証がもてる。



 ーーよし、方向性は決まった。



 まずは失恋したところにつけ込んで甘やかす。
 ここぞとばかりに甘やかす!ハグだってなんだってしてやる。俺だってしたいからな!
 気をつけるべきは、ただ理性が飛ばないように、という事だけだ。
 

 ・・・・・・・・・そこが一番キツイ気がするが、目標のためならば容易い(はずだ)!



 目一杯甘やかして、慰めて、俺が居たから立ち直れたと言わせる。
 当面のミッションはコレだ!



 するべき事を決めて、よし!と、決意を新たに、俺は玄関の鍵を回した。






 うむ。




 決意、したはず、なんだが。








 この状況は何だ!?






「ねぇドイツ、慰めて?」

 妖艶に微笑んで唇を寄せてくるイタリアなんて初めて見たっていうかなんだこいつ誘ってるのか誘ってるよなこれはどうなんだ頂いていいのかでもなんで俺!?
 

 まてまてまてまて思い出せ。
 
 思い出したくもないあの2月の悪夢を、厳重に鍵をかけた引き出しの奥から引っ張り出す。

 
 残念な事に、そう、非常に残念なことに、こいつは無意識にこういう事をする奴だ。
 友達の印、などと言って赤い薔薇を差し出す男だ。



 ・・・・・そう、友達のしるし。



(今乗ったらあの時の二の舞だ。イタリアにとっては俺は友達、ともだち、ともだち!)



 無意識にその細いからだを抱きしめていた腕をゆるめ、必死の思いでその柔らかい髪をなでた。


「あー・・・なんだ、その、泣きたければ、泣け」

 落ち着け自分、いつも通りだいつも通り、いつもどおり。
 自分に言い聞かせながら言うと、何故かぽかん、とした顔でイタリアが見上げてくる。その顔は、それこそいつも通りで。


(ほらみろ、やっぱりそうじゃないか)


 甘やかしてほしいのなら、思う存分やってやる。
 そう思って、指通りの良い髪を優しくなでて、言葉を重ねた。

「な、慰めると言っても、俺はそういうのは得意じゃないんだ。だから、泣きたければ泣け」

「なーー」

 いつも「泣くな!」と言っている俺が言ったのが意外だったのか、イタリアは多少驚いた様だ。・・・これで少しは意識の変革を導いていられればいいのだが。

 黙ったまま俯いてしまった相手の頭を、俺は黙ってなで続けた。
 この手から、少しでも想いが伝わればいいのに。
 その想いで、鉄が磁石に変わるように、イタリアの心も変わればいいのに。
 そんなことを想いながら静かに言葉を待っていると、ぽつりとイタリアがつぶやいた。


「・・・ねぇドイツ、俺たちって友達?」
「もちろんだ」

 お前がそう、望むのなら。
 お前から見たこの関係は、間違いなく友達だ。
 片方が、その関係に変化を望んでいたとしても。

 イタリアが立ち直るのならば、今日はとことん彼が傷つかない選択肢を選ぼう。そう思って居たのだけれど。
 続いた言葉に、俺は何と返事をするべきか迷った。


「・・・ドイツは、なんでその人のこと好きになったの」


 なんだ。何故そんな事を聞く。
 だいたい、失恋したのはお前であって、そんな時に他人の恋の話など、逆効果ではないのか?

「・・・イタリア?」

 正直に話して、イタリアがより暗い気持ちになる事なら、話さない方が。
 迷いながら名前を呼ぶと、伏せられていた顔がす、とあげられ、まっすぐな瞳に射ぬかれた。


「なんで好きになったの?ドコが良かったの?答えてよドイツ」

 その、表情が。
 あまりにも、真剣で。


 よくわからないけれど、真剣に答えるべきだ。
 そう、感じた。


「ーーー初めて会ったとき、俺はそいつに結構キツイ事ばかり言っていた。それなのにそいつは、友達になりたいと言ってくれたんだ。俺は見ての通り険しい顔をしていることが多くて、よく怖がられるのに、そいつはどんなに厳しい事を言っても笑ってそばにいてくれた。俺のものとは意味合いは違うが、友達としてでも、俺を好きだと、言ってくれた。それだけで十分ーー」
 十分だったんだーーイタリア。

 そう、続けようと、言葉の形に口を動かした時だった。


「なにそれ!なんだよそれバカじゃないのドイツ!!」


 がばっ、と音のしそうな勢いで顔をあげたイタリアの罵声に、続くはずだった台詞は頭の中から飛び散った。


 ・・・バカ?

 馬鹿って何だ。俺今何かバカなこと言ったか?むしろ馬鹿ってどういう意味だったっけ?


 ーー何故好きな相手に好きな所を羅列してバカ呼ばわりされなきゃいかんのだ!?


 完全に混乱かつフリーズした頭で、呆然と滅多に見ることのない激高した表情のイタリアを眺めていると、目にいっぱい涙をためたイタリアが、勢いそのままに言い募る。


「そんな事俺がいくらでもしてあげる!大体そいつ今いくつか知らないけど、俺の方が絶対早かった!ドイツに友達になって、って言ったのは絶対俺の方が早かった!俺、ドイツの顔好きだしドイツが厳しいこと言うのも相手の為を思ってだって知ってるから絶対ドイツの事嫌いになんかならない!友達としてでも好きって言った?バカにすんな俺は友達としての好きなんか通り越して愛してるのに!」

 俺の方が、好き。

 通り越して、愛してる。


 耳を打つ、あまりにも甘い言葉の羅列に、ますます俺は呆然と聞き入った。

(なんだ。何が起こってる?・・・夢、なのか?)

 あははそうかもしれない飲み過ぎで立ったまま寝てるのかもしれない俺、などとそれこそバカな事を考えてみるけれど、この肩に感じる痛みは何だ。
 イタリアが握りしめてくる肩の痛みは、これが現実であるという事を俺に如実に伝えていて。




「ドイツの心を、俺にちょうだい」



 その言葉を聞くのと同時に、頭の中ですべての回路がつながった。

 そして、気がついたら問答無用でイタリアの体をおしたおしていた。





「ぅんっーーーは、どい、つっ・・!」

 先ほどの、イタリアからのキスでは出来なかった自分からのキス。
 相手がそういう気持ちで望むのなら、こちらに異存などあるはずもない!

 その柔らかさと甘さに、頭の芯がじんわりと痺れるほど夢中になったキスの後。

「ーーイタリア、今のは本気か」

 冗談だなどとは言わせるつもりはないが、一応確認すると、鳶色の髪をシーツに散らばらせたまま、イタリアはまた泣きそうに切ない顔をする。

「本気だよ。ドイツが他の誰かを好きだとしても、俺はドイツが好き。・・・ねぇ、何で俺じゃダメなの」
「お前だ」

 よく、わからないが。イタリアは、俺が自分以外の誰かを好きだと思いこんでいるらしい。
 そう理解した瞬間、(冗談じゃない!)考えるよりも早く、言葉が口から出ていた。

「・・・・は?」

 しかし一言では何も伝わらなかったようで。
 ぽかん、と見上げる瞳に、言い含めるように言う。

「俺が好きなのは、お前だと言ってるんだ。お前じゃダメなんじゃなくて、お前じゃないとダメなんだ。・・・イタリア、聴いてるのか?」

 途中からなんだか焦点が会わなくなってきた瞳に、これだけ言ってるのに流されてたまるか、とその頬をむに、とつまんで意識をこちらに向けさせる。


「・・・ウソ、何て・・・?」


 ちょっとまて。あれだけ言って、これだけ言ってもウソとはお前、結構ひどくないか!?
 と軽く泣きそうになったが、落ち着け俺。ここで粘らずにいつ粘る。
 そう自分を奮い立たせて、再度口を開いた。

「本当だ。偽りはないし、同情でも友愛でもない、お前が言うのと同じ意味で、お前が好きだと言っている」

 流石にこれは伝わっただろう。伝わってくれ。お願いします頼むから俺の話を聴いてください。
 途中からほぼ頼み込みになりながら、伝われ伝われ、とその瞳をのぞき込んでいると。

 ぼんやりとしていた瞳が、だんだん焦点を合わせてきて。




「ーーーーー俺か!!!?」
「うぉっ!?」




 突然がばり、と身を起こした。
 危うく頭突きを逃れたが、今のは肝が冷えたぞイタリア!お前の頭突き結構痛いんだからな!
 言おうとした言葉は、相手に先を越され。


「ドイツの好きな人って、俺なの!?」

 何故そんなに驚いた顔で聴く。はぁ。なんかもう、ちょっとアキラメモードに入りそうだぞ。

「だから、さっきからそう言ってるだろう」
 俺としては、さっきからどころか、ビアホールからずっと言い続けてる気がするんだが。一体この告白に、何時間かかってるのか数えたくもない。空しくなるから。

「ちょっとまってよ、だってドイツの好きな人ってーー」

 お前だよ。お前しかいないんだよ、だって言っただろう?


 元気で。ーーーうるさいなんて言ってしまう事が多いけれど、その笑い声が聞こえただけで心が浮き立つんだ。
 感情が豊かで。ーーーころころと変わる表情は見ていて飽きることが無い。
 良く泣いて。ーーー大泣きで正解、なんて笑うから、俺は何も言えなくなってしまう。
 芯は強くてーーー俺なんかよりずっと昔から、色んな事を見てきたお前は、本当に強い芯を持ってると思う。
 良く笑うーーーつられて笑顔が増えた、と兄貴に言われて恥ずかしかったのも良い思い出。
 料理が美味くてーーーお蔭で運動しないと体重コントロールが大変だ。
 絵も得意でーーー色んな人の絵を見たが、イタリアの絵は特に好きだな。


 俺の様な仏頂面に、友達になりたいだなんて言って、側で良く笑って、好きだと言う、俺の好きな人は。


 
 お前しかいないんだ、イタリア。



「・・・・・・!!!!」

 突然、すべての回路がつながったのだろう。真っ赤になった顔で俺を見上げたその瞳を見て、ようやく自分の気持ちが正確に伝わったことを知って。

「ホラ、だから言っただろ」

 言いながらふれるだけのキスを落とすと、顔中で「?」という表情をするその可愛らしさといったら!


「俺の好きな人は、かわいいって言ったよな?Mein Suesser」


 その唇めがけて顔をおとせば、うっとりと閉じられた瞳に、この上ない喜びを感じる。
 天にも昇る気持ちというのは、こういうのを言うのだろう。
 そんなことを考えながら、その甘い唇を存分に味わった。














 そんなわけで、俺はどうにかこうにか、イタリアの心を頂き、最上の幸せを手にしたのだ。
 そう、幸せだ。幸せであることに異存はない。

 たとえ想いが通じたばかりの恋人が、キスだけで満足して、抱き抱えた腕の中ですぅすぅと寝息を奏で始めてしまったとしても。
「ウソだろう!?」と泣きそうになりながら、2、3度名前を呼んでも、「ん・・ドイツ、好き・・・」とかいう寝言を聴かされてたたき起こすことも出来ず、かといって同意も得ないままコトに及ぶことも出来ず、部屋の窓からうっすらと朝日が差し込んで、イタリアの瞳がゆっくり開かれるまで、一睡もせずまんじりともせずただひたすら、その体を抱きしめるだけの一晩をすごしたとしても。

 あぁ、幸せだともうん、幸せ!ところで幸せって辛いって字ににてるよな日本、その気持ちがいますごくよく解るんだ俺、どうしたのかな漢字なんて読めないのになおかしいなあはは。

 とまぁ色々限界だった俺は、「ドイツおはよ」と微笑んでちゅ、とキスをしてくるイタリアを見ただけで、いろんなものが弾け飛ぶのを感じた。

 自分でも滅多に使わない自覚のある表情筋が、総動員で笑顔を形作る。



「おはようイタリアよく眠れたか、それは良かった。さて俺は昨日の今日で一睡も出来ていないんだが覚悟は出来てるよな、そもそも誘ってきたのはお前だったしな」



 にこにこと言えば、相手は顔を真っ赤にして、「ヴェ」と一言返しただけで。
 とりあえずイタリアの「ヴェ」は肯定ととるコトにする、という自分ルールを発動させ、問答無用で目の前の唇に吸いついた。

 

 昨日(一昨日になるのか?)見た夢など比べものにならないくらい、イタリアは最高の抱き心地だった。それはもう、思わず時間も忘れて抱き通してしまうほどに。

「も・・無理・・!」

 そう一言つぶやいて、そのままぐったりしてしまったイタリアに、ちょっとやりすぎたかな、と反省する。
 まあ一晩中お預け食らって溜まってたし。辛抱とかそんなサービス今の俺にはないよ!と笑顔で言ってしまえる位、色々ぶっ飛んでた自覚はある。なじられたら素直に謝る、ちなみに反省はしているが後悔はしていない。

「ヴェ・・み、水・・」

 すっかり掠れた声でそう言うのが聞こえて、要望の物を取りに、部屋を後にする。廊下には静寂と初冬の冷気が満ちていて、さっきまでの体の火照りが、すぅ、と冷えるのを感じた。
 腕の中の温もりがない、というのが、寒さをより際だたせていて、俺は急いで水をとると、客間に戻ってイタリアを抱き起こして水を飲ませる。

 暖かいな。

 こくん、と水を飲むイタリアの体温に幸せをかみしめていると、飲み終わった彼が、小さく首を傾げて問うた。


「・・・ね、ドイツ、しあわせ?」
「もちろん」

 丁度そう思っていたところだ、と抱きしめると、耳元で弾んだ声がした。


「俺も、俺もね、すげーしあわせ!」

 
 ぎゅ、と抱きしめる力を強くした視界の端で、くるん、と巻いた髪の毛が、声に合わせるように跳ねていた。



 おしまい。