【8/19 AM 11:00 ハンガリー宅】



「はい、わかりました。じゃあまた、明日」

 チン。


「・・・・・・」


 電話を置いて、きっかり4秒後。



 桃色と黄色の悲鳴が家中に響き渡った。








 どうしようどうしよう、何を着ていけば良いのかしら、夏だし涼しげな格好の方が、スカートよねここはやっぱり でもはしたないって言われちゃうかも、あぁ靴もどうしよう、この間買ったサンダルでいいかしら、やだペディキュアしてないどうしよう、 髪型はえっと、折角だからアレンジした方がいいかしら、でも可愛い髪ゴムこないだなくしちゃったのどうしようどうしようどうしよう!
 
 一年分の「どうしよう」を使い果たしたんじゃないかと思うほど、タンスをひっくり返しながら、頭の中は疑問符でいっぱいだ。

「あぁもう!とりあえずお風呂入ってこよう!」

 頭を冷やさないと、本当に何も出来ないまま明日になる。

 そう長年の経験で判断し、ついでに部屋の惨状を見なかったことにして、ハンガリーはバスルームへ向かった。















【8/19 AM 11:00 オーストリア宅】


「ーーーふぅ」

 チン、と電話を置いて振り向いた視線の先には、客間の扉。


「出ておいでなさい。そこに張り付いているのはお見通しですよ、お馬鹿さんが」

 無言で開け放っても良かったが、転がり出てきた客人にカーペットとキスさせるのも可哀想だったので、そう声をかけると。


「えへへ。・・やりましたね、オーストリアさん!」

 わくわくした顔で、まったく悪びれずに顔を出したのは、イタリア弟だ。
 ちなみにその後ろで、「すまん、盗み聞きをつるつもりはなかったんだが・・」と微妙な顔をしているのは、彼が引っ張ってきた隣国。

「・・・まぁ、悪気が無いのは分かっています。でも、本当に良いのですか?」

 部屋に戻るよう促しながらそう訊くと、目の前の茶色い頭が振り向いて笑う。

「良いも何も、俺達が持ってきた企画ですもんー。明日一日、仕事はドイツが、家の事はプロイセンがやってくれるので、しっかりハンガリーさんを 楽しませてあげてくださいね!」
 その為の準備も俺たち、精一杯手伝っちゃいますよ!

 そういってガッツポーズをとるイタリアの向こうで、ドイツも穏やかな顔で笑っていて。

「・・・ありがとう、ございます。イタリア、その準備というのは?」

 あぁ、いい子たちだなあ。と(口には出さないが)思いながら、ふと思った疑問を口にすれば、目の前のこはく色の瞳がにっこりと笑った。
 ついでごそごそと漁った紙袋から出てきたモノは。


「な・・」


「折角デートなんですから、いつもとちょっと違う服で、と思って、俺の家のでオーストリアさんに似合いそうなのを持ってきました!」



 にこにこと「コレとコレをこう会わせると、カジュアルだけど品があると思うんですよ〜」などと良いながら服を並べていく、旧養い子を呆然と見ていると、 いつの間にか後ろに回っていたらしいドイツに、ぽん。と肩を叩かれた。

「・・・・ドイツ。これは、何ですか」

「・・・・・・まぁ、なんだ。こういう事については、言い出したら退かないヤツだからなーーーあきらめろ」

 さぁオーストリアさん。どれにします!?

 キラキラと音が出そうな程輝く笑顔で言われても、相手は昔の様に窓から放り投げられる子供ではないし。

 結局、ドイツの助言通り、諦めてため息をつくことしかできなかった。








【8/19 正午 ハンガリー宅】

「はぁーお風呂入ったらちょっと落ち着いたわ・・」

 ビン入り牛乳を腰に手を当ててごっごっごっ!と飲み干した後。
 空になったビンをコン!とテーブルに置くと、ハンガリーは一つ頭を振った。


「まずは服よね。アクセサリーと髪は明日の朝どうにかするとして、夕ご飯の後にベディキュア塗って、今夜は早く寝てお肌を整えなくちゃ」
 そうだ、折角だし、何かプレゼント持って行ったら喜ばれるかしら。

 ふと頭に浮かんだ案だったけれど、それはとても良い考えに思えた。

 ーーーいいと思います!

 日本の某芸人の決めぜりふの様なことを考えながら、その足は既にキッチンへ。

「何作ろうかな〜?そんなに時間かからなくて、ラッピングも出来るやつ・・・Kokuszgolyoにしようかな。うん、アレ簡単だしね〜」
 ココアパウダーと〜、ジャムはこの間作ったラズベリーのにしようっと、あと粉砂糖にココナツフレーク〜 それからビスケット!


 鼻歌交じりにビスケットを袋に入れて叩きのめし、細かい粉状にしていくうちに、初めはパニック一色だった頭の中が、だんだん幸せ色になってきた。

「・・・ふふ。ふふふ。デートだって。オーストリアさんが、待ち合わせてデート、だって!ふふふ、デート万歳愛してる!!」
 あっしたっはデート♪ 待ち合わせは東駅♪ 

 そんな作詞作曲・ハンガリー。作曲日時・今。な歌を歌いながら、ボウルに材料をどばどば放り込み、ごいごい手でこねてゆく。
 もちろん味見という名のつまみ食いも欠かさない。(実は今日の昼ご飯はつまみ食いでまかなう気満々である)

 そして、10分もたたないうちに、ココナツパウダーをまぶしたトリュフの様なお菓子が完成した。


「よっし!ラッピングはちょっと置いてからするとして、本題の服決めよ!」


 エプロンを外し、腕まくりして部屋へと帰ろうとしたそのとき。



 ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 玄関のチャイムが鳴った。











【8/19 正午 オーストリア宅】

「やっぱり絶対コレがいいですってオーストリアさん!」

「・・・・・そうですか・・・・・」


 どこかげんなりした顔をしたオーストリアが着ているのは、ローライズのユーズド加工の細身ジーンズと、デザイナーシャツ、それに細身の朱茶色のベルト。
 ちなみにコレで着替えたのは10着を超えている。


「でもさっきの茶色のレザージャケットも捨てがたいなぁ・・」

 うーん、と目の前で腕を組んで熟考し始めたイタリアに、(どうしていつもの服ではいけないのでしょうね・・・)とは言い出せないあたり、人の良い貴族である。

「しかしイタリア、今は夏だぞ。長袖のレザージャケットは暑いだろう。俺は今のが一番いいと思うが」

 見かねたドイツの助け船に、ほろりと涙が出そうになった。

「そうですね、これが一番涼しいですよ、気に入りましたこれにしますぜひコレでいきましょう」

 何度も着替えて途中から面倒になって外しっぱなしだったメガネをかけ、どこか迫力のある笑顔でそういうと、イタリアも納得したようで。


「そうですね、ヨーロッパとはいえ8月は暑いし。じゃあ次は」
「まだあるんですか!?」

 
 思わず叫ぶと、イタリアはむー、と頬をふくらませてみせた。

「折角の大事な人とのデートでしょ、こちらもそれなりの覚悟で臨まなくちゃ失礼ですよ!」



 ・・・まさか、この子に「失礼ですよ」等と説かれる日がくるなんて。



 本気で眩暈を感じてソファにへたり込んだ身体に、す、とコーヒーカップが差し出された。

「・・・・・ドイツ・・・」

「・・・大変だな・・・俺も経験があるから、良く分かる」

 イタリアは他人をコーディネートするのが大好きなんだ、という、いつもの犠牲者の言葉に、オーストリアは少し遠い目で問いかける。

「・・・・どうにか、回避する方法はないのですか・・・?」

 その問いに、かちゃり、とカップを置いて答えたヒトコトが重く響いた。


「・・・・・耐えろ。」










【8/19 PM0:30 ハンガリー宅】

「何の用よ言っておくけど私今日は本当に忙しいのさっさと帰ってね」

 玄関を開けてから、この台詞を一息で言い切るまで、所要時間3秒。
 そして次の瞬間「本日のハンガリーは終了シマシター」等というアナウンスと共に、扉は閉まり始めていて。

「ちょっと待てぇぇぇ!!用件訊いておいて答え待たずに閉めんなよ!!」

 なんとか扉の隙間に足をねじ込むと、ちっ、という舌打ちと共に


「いていていていて痛い痛いヤメロってバカ女!!」


 扉を閉める力が強くなった。ギリギリと足首を締め付けられて、思わず悲鳴が上がる。
 ガッと扉に手をかけ、なんとか足を開放した客人は、ずい、と紙切れを差し出した。

「・・・・・何コレ」
「イタリアちゃんからの手紙。『明日の服に迷ってたら、参考に使って〜』だと」
「どうでも良いけどその物まねやめてねキモイから」
 
 差出人の名前を聴いてその紙を受け取ると、中には確かにイタリアの字で色々と書いてあった。

「で?明日の服もう決めたのか?」

 聞こえた台詞に顔を上げ、「あらまだ居たの」と言うと、「相変わらずだなぁお前」と返される。
 
「まだ決めてないけど。・・・折角アドバイス貰ったし、参考にしてみようとは思ってる」

 そう答えると、相手はふぅん、とその紅い目を細めた。
 そしてあっさりと踵を返す。

「そんじゃ、仕事終わったし帰るわ」
「・・・やけにあっさりね。まあ助かるけど」

 銀髪の長身が扉から出たのを確認して、扉を閉めようとした、瞬間。



「あぁそうだ、色はモスグリーンにしとけ」


 目の色にも合うし、なによりお前に似合う。



 聞こえた台詞に思わず「はぁ」と返すと、「何だその気の抜けた返事は。明日はデートなんだろ、気合い入れろよ」というによによした笑顔を一瞬見せて、 扉は閉じられた。


「モスグリーン、ねぇ・・・」

 そういえば、オーストリアさんに会う時はいつも、ちょっとフォーマル系の服だった気がする。
 折角だし、いつもとちょっと違う系の格好で行ってみようかな。


「たしかグリーンのデニスカ持ってたわよね」


 小さく呟くと、ハンガリーはクローゼットを漁りに部屋へと向かった。











【8/20 AM08:45 ハンガリー宅】

 服は? ーーー グリーンのデニムスカートに、刺繍入りのボートネック・ふんわり袖のTシャツ。
 髪は? ーーー ラフめのおだんごに、ソフトカチューシャでサイドをたらして。
 アクセは? ーーー 小さなルービックキューブをかたどったペンダント。
 お土産は? ーーー 昨日作ったKokuszgolyoをラッピングしたやつ。
 靴は? ーーー この間一目惚れして買ったウェッジソールのヒールサンダル。
 爪は? ーーー 夏らしく、白ベースに水色ラメでグラデーション、ラインストーンをちりばめて。

「よっし!あとは財布、携帯、鍵、ハンカチ日傘!」

 完璧です、いつでもオッケイです行ってきます!


 居間の全身鏡で全身くまなくチェックして。

 意気揚々と、ハンガリーは家を後にした。









【8/20 AM08:55 東駅】



 落ち着かない。

 
 それが、一番しっくり来る気がする、この状況。
 着たこともない服を着てここまでやってきたものの、ハッキリ言ってハンガリーが気付いてくれるか不安ですらある。

「・・・やっぱりいつもの格好で来れば良かったでしょうか・・・」

 初めて履いたジーンズは、いつもの生地とは違ってごわごわしているし、正直似合わないのではないかと思う。
 はぁ、とため息をついた、その時。




「・・・・・・・えーと、あの・・・ローデリヒ、さん?」




 おずおずと背後からかけれた声に振り向いて、



 言葉を失った。









 東駅に5分前についたものの、待ち合わせの場所には人が一人、いるだけ。

 細身のユーズド加工のジーンズに、デザイナーシャツを合わせた後ろ姿は、確かにスタイルも良いし、格好良いのに。

(所在なさげな後ろ姿ねぇ・・そんなに長いこと人をまってるのかし・・ら・・・ん?)

 後ろから見える、その髪の、ぴよん、と一筋飛び出した、毛。



(・・・・・・・ちょっとまって。ちょっとまってもしかして、ホントに!?)



 思わず足音を忍ばせて近付き、そっと斜め後ろから伺うと、細フレームのメガネも確かに。




(間違いない!けど!間違いかも!!ーーだってこんな、初めて見たこんな服!!)



 思わず「オーストリアさん!?」と叫びそうになり、すんでの所で国名を飲み込んだ。
 かわりに、おずおずと人名でよびかけると。

 振り返った瞳が、自分を映した。









 まず目に飛び込んできたのは、彼女の目の色と良く似た、綺麗なモスグリーンのデニムスカート。
 デニムスカートにしては短すぎず、フレアの入ったそれは、とてもよく似合っていて。
 髪型も、いつも降ろしている髪をアップにしていて、涼しげだった。

 なんというか、いつもと違うけれど、何時も通り、



「ーーーよく、似合っていますよエリザベータ」


 
 そう言うと、少し不安そうだった表情が、一気に花が咲いたようにほころんだ。

「あ、ありがとうございます。その、ローデリヒさんも、格好良いです。そういう服も、着られるんですね」

 言われて今日の自分の格好を思い出し、なんとも言えない気分になる。

「・・・笑って良いんですよ。実はこんな服は初めてなんです」
 イタリアに、ぜひ着ていけと言われて、着てきたんですが。

「そんな、笑うなんて!イタちゃんはローデリヒさんに似合うモノがちゃんと良く分かってるんです、似合ってますもん!」
 いつもの格好も素敵ですけど、こういうのもお似合いです。

 ぐ、と拳を握ってそう力説され、思わず口元がほころぶ。
 
「それなら、よかった。ーーそうだ、まずはコレを」



 今日、来て下さってありがとうございます、エリザベータ。




 そして、誕生日おめでとう。ーーハンガリー。




 言葉と共に差し出された小さなブーケを見つめて、ハンガリーは2秒ほどかたまった。


「エリザベータ?どうかしましたか?」

 気遣わしげに自分の名前を呼ぶ声に、はっとして頸を振る。

「ち・・ちがうんです、ただその、びっくりしたのと、嬉しくて!あの、ありがとうございます!!」

 うれしい。うれしいうれしい、どうしよううれしい!


 自分の誕生日に、いつもと違う格好でおしゃれをして、自分のための花をもって、自分を待っていてくれた。


 そう思っただけで、涙が出そうなくらい、幸せだった。



 ブーケを受け取って笑う女性の笑顔に、オーストリアもまた、幸せな気持ちになる。

(今日一日、ハンガリーを目一杯楽しませなくては、ね)

 家で仕事や家事を肩代わりしてくれている兄弟を頭の片隅で思い、オーストリアはハンガリーに手を差し出した。


「行きましょうか。折角の『待ち合わせデート』ですから、楽しまなくては」


 いつもと違う服を着ると、雰囲気も少し変わる様で、普段ならあまり口にしないような、ジョークめいた台詞が自然に出てくる。

「ーーはい!」

 それも、彼女の笑顔を誘えるのなら、今日はそれで正解なのだろう。


 


 あのね、ローデリヒさん。

「私、こんな風に誕生日を祝って貰えるなんて、思っても見ませんでした」

 腕を組んで石畳を歩きながら、ぽつりとハンガリーが小さな声で言った。


「・・・何故ですか?」


 信号を見るふりをしてそう問うと、きゅ、と自分の腕に絡ませた手が、シャツの袖を掴む。

「ローデリヒさんの、家を出てから。一人暮らしになってから、誕生日になるとどうしても、ローデリヒさんのお家でみんなでパーティをした思い出が甦って」
 いろいろ、後悔ではないですけど、もう、あのころみたいに皆で楽器を弾いたり、プレゼントを開けたり、そういうのは、出来ないのかなって思ってたので、



 本当に、夢みたいです。



 そう言って微笑む表情が、本当に綺麗で。

「エリザベータ」

 空いていた右手で、自分の左腕に添えられた手をそっと包んで、自分を見上げるハンガリーの目尻に口づけた。

「ろ・・・ローデリヒさん!?」

 あっという間にまっ赤になった顔に微笑んで、口を開く。


「たしかに、あの頃は大勢で祝うのも楽しかったですが、こういうのも悪くないでしょう」

「こういう、の?」

「待ち合わせて、二人で街を歩いて、いろんなモノを見て、いつもと違う格好をして。ーー同じ家にいては、待ち合わせは出来ませんよ」


 ウインク付きでそんな事を言われて、ハンガリーは思わず吹き出した。


「そう、ですね。同じ家に居たら出来ないことだって有りますよね!」

「そうです。何処に住んでいても、私が貴女を大事に思う気持ちは変わりないのですから」




 大事なのは、今、貴女がここに居るということ。だから、




 生まれてきてくれてありがとう、ハンガリー。





 寄り添う二人の背中に、聖イシュトバーン大聖堂の鐘の音が響く。




 三つ目の鐘と同時に、ハンガリーは隣の腕にぎゅ、っと抱きついた。



「あぁもう、ローデリヒさん!大好きです!!」

「知ってますよ」



 そして、二人は歩いてゆく。

 聖人を祝って喜びに沸く、ブダペストの街へ。








 Boldog szueletesnapot , Magyar Koeztarsasag!











 ぎ・・ギリギリになってしまいましたが、ハンガリーさん誕生日おめでとう!ってことで!
 貴族と待ち合わせデート編、でした。

 何の話からそうなったのかは覚えていませんが、友達の「同居してたら待ち合わせデートできないんだよ!?」という言葉に「ですよね!?」と思って、いつか書きたいと思っていたネタだったので、誕生日に書けてよかったです。(´ω`*)
 墺洪は熟年、ときどき初々しい夫婦だと嬉しいな、という伊都がお送りしましたー(笑)

 09.08.20 伊都

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