「もーヤダ!!次のパーティには絶対他の人連れて行く!!」


 ばさり、と脱いだ上着を勢いよくベッドに投げ込むと同時に、この家の主人はそう宣うた。





「ーー他の人、というと?」


 背後から静かに問いかけると、振り向いた琥珀色がキッと自分をにらみつける。
 そのまっすぐな視線が、心地よいとは口に出せる雰囲気ではないが、青年は内心そう思っていた。



「っ他の人は他の人だよ!ーーフェリクスとか菊とか、とにかく他の人!!」


 苦し紛れでしかないという事を自覚しているのだろう、主は青年が答える前に、悔しそうな顔をしてみせる。


「ご自分でお分かりのようなので、その人選については何も申し上げません。しかしそうなるとヘーデルヴァーリ様との『約束』はどう為されるおつもりですか?」

「〜〜〜わかってる!エリザ姉様が連れてきたんだから、護衛としての腕が確かってのも解ってる。ーーでも!それにしてもあんまりだ!!」


 ルーディーと一緒にいると、みんなルーディーの方しか見ないし、女の子と話しててもルーディーの話ばっかり!
 ぶっちゃけ全っ然楽しくない!!


 そう言ってぷぅ、と頬をふくらませる相手に、青年ーールートヴィッヒは、思わずこみ上げた笑いを食道のあたりで押し殺した。






 この館の主であるフェリシアーノ・ヴァルガスは、自他共に認める女好きだ。
 ちなみにーーここがポイントなのだがーーヴァルガス自身も女だ。
 つはりは性的嗜好の相手としてではなく、要するにフェミニスト、と言うべき女好きである。


 パーティーに出席する際には、「こっちの方が女の子が話しかけてくれる」と言って男物の服を身につけ、そんなナリなものだから20を過ぎても色のある話は全く上がってこない。


 このままでは、流石にヤバイ。


 そう確信した従姉のエリザベータが送り込んだのが、ルートヴィッヒだった。

『男装でパーティーに出席するときには、かならずルートヴィッヒを伴うこと』

 という条件を彼女に(一体どうやったのか)呑ませ、青年は執事としてこの邸へと足を踏み入れた。


 それから何度かパーティーに出席する機会があり、今回も男装でルートヴィッヒを伴って出掛けたのだが、主のご機嫌は麗しくない。



(そりゃそうだろうな)



 思い当たる節など、有りすぎて逆にどれだか解らないほどある。


『まぁ、ヴァルガスさま来て下さったのね!・・・あの、こちらは?』

 初めて一緒に行ったパーティーでは、彼女の周りにあっという間に女の群れが出来たのを見て、一瞬あっけにとられた。

『こんばんは、スヴェニアさん。お招き頂きありがとうございます。ーー彼は、私の連れの者で』

 にこり、と答える主は、男物の服を着てはいてもやはり柔らかな身体は女のそれで。
 ドレスを着るのとは違う、不思議な色気が漂っている。


 ・・・そんな彼女に、女性達の向こうから男達の視線がちらほらと注がれている状況は、非常にーー気に入らない。


 そんな心中を悟られないよう、柔らかく微笑んで目の前の女性の手を取り、挨拶を交わした。

『初めてお目にかかります、スヴェニア嬢。ルートヴィッヒと申します。貴女の様に美しい方にお会いできただけでも、今日無理を言って護衛に任じて頂いた甲斐があったというものです。・・以後、お見知りおきを』

 腰をかがめ、白い手袋に被われたその手の甲に、唇を寄せる。

 身を起こすと、驚いたような色を載せた琥珀が、自分をじっと見つめているのに気付いた。
 目の前の女性は、まっ赤になった顔を隠そうと扇を広げ、視線をさまよわせている。


(ーーー事前に特訓した甲斐があった、のか・・?)





 実は生来、ルートヴィッヒはこういった場でそつない対応をする、というのがとても苦手な男だ。

 あの日、突然エーデルシュタインの邸に呼び出されて告げられた計画の内容に、即答で異議を唱えたほどには。


「無理だ断る!」
「へーじゃあフェリシアーノがどこの馬の骨か解らない男に持って行かれても良いっていうの」

 あーあ折角協力してあげようと思ったのになー、と斜め上の空中を眺めるエリザベータに、

「いい訳ないだろう!!」
「じゃあ頑張りなさいよ男がうだうだ言うんじゃないわよみっともない」
「・・・・・わかった」

 言いくるめられた。そう思わないことも無かったが、決まったことは仕方がない。
 それから一ヶ月、必死で練習した。


 その、成果というべきか。


 執事兼護衛、という事で、全く装飾の無い黒の執事服だったにも関わらず、パーティーが終わる頃には、フェリシアーノとルートヴィッヒの周りに、女性の群れが出来ていた。

 女性の中には、その後の誘いをそれとなくしてくる者もいたが、全て笑顔できっぱりと断った。
 しかしそれがまた良かったのか。

 その後のパーティーで、人々の口にルートヴィッヒの話が登る頻度と反比例して、フェリシアーノの機嫌は悪くなっていったのである。


 そして、今夜に至るわけだが。







「・・・そんなに、私を伴うのはお嫌ですか」
「うん」

 即答かよオイ、と思いつつも、青年は苦笑して見せる。

「それほどまでに私を厭わしくお思いならば、一つだけ私を伴わずに出席する方法をお教えしましょう」
「へぁ?そんな方法、あるの!?」
「はい」
 
「何なに教えて!!」

 途端に目を輝かせて自分を見るその態度に、あぁ、本当に嫌われたものだなぁ・・・と、少し泣きそうになる。


 ・・・嫌われた。


 自分で考えておいて、その考えには内心ズブズブに打ちのめされた。
 本当に、嫌われたのだろうか。
 パーティーで女性からの人気をとったくらいで?


「その前に、教えて頂きたい」


 ちょっと立ち直れないかも知れないが、ここははっきりさせておきたいーーこの邸を、去る前に。


「ヴァルガス様は、私がお嫌いですか」


 それは、自分でも驚くほど、真剣な声だった。




















「私がお嫌いですか」



 そう、言った執事の顔が、見たこともないくらい切ない顔をしていたので。

 あれ、もしかして、コレは。
 この人もしかして、

「オレが、ルーディーの事、嫌ってると思ってる、の?」

 おそるおそる聴くと、菫色の瞳が小さく揺れた。

「ーー私と一緒に居たくない、とそう何度も仰るという事は、そういう事かと」
「ち、がうよ!!嫌いな訳ないじゃんバカ!ただ一緒にパーティーに行くのが嫌っていうだけで・・」

 寧ろ、大好きだよ!!


 はっとしたのは、そう、言ってしまった後で。


「・・・ヴァルガス様」

「あはははははははははははははとにかく、嫌ってはいないって事だけ覚えといて後は忘れて。うん、忘れなさい」

 ぽつりと名前を呼ばれて、どうして良いか解らなくなった。

 こんな、いつも男装ばかりしてて言葉も女性らしくない自分が好きだといっても、どうしようもないことくらい解ってる。
 でも彼は執事で、ぱっと見厳しそうだけど、実は凄く優しい人だから、好きだといっても困らせるだけだし、


「えっと、変な事いってゴメン。でも嫌ってないよ。でも一緒にパーティーには行きたくない」


 俯いてそう言うと、ぽん、と頭に大きな手の感触。


「変な事など。ありがとう、ございます。ーー私を伴わずに出席する方法ですが」

 はっと顔を上げると、いつもの優しい顔で、彼が唄うように言った。


「女性のお召し物で、出席なされませ。ヴァルガス様が素敵な方だという事は、皆様ご存知ですし、女性同士お話も弾みましょう」

 そうされるのでしたら、私はこの邸から共に行くことはありません。


 ヴァルガス様ならばどんなドレスもお似合いでしょうから、腕によりをかけて準備させて頂きますよ。


 そう、言った彼の顔を、フェリシアーノは見ることが出来なかった。















「うん、完璧ね!素敵よフェリシアーノ」

 そう言って笑った従姉の顔を鏡越しに見て、フェリシアーノは何度目になるか解らない問いを口にする。

「本当?その、変じゃない?」
「本当。ホラ、自信もって!パーティーに来るどんな女性よりも、貴女は綺麗よ。胸を張ってルートヴィッヒは自分のもの、って宣言してきなさい」
「エエエエエリザベータ姉様!!? オレ、そそそんなつもりじゃ」
「あら、そんなつもりでしょう?『ルートヴィッヒを連れて行くと、彼が他の女に見られるのが嫌』とか言っておいて」
「わー!わー!ぎゃー!」
「なぁにその色気のない悲鳴は!女物を着たときくらい、女性らしい振る舞いをしなさい。出来るけどしない、なんて出来ないのと一緒よ」
「は・・はい」

 こくりと頷いたその時、控えめなノックが部屋に響いた。

「ーーヴァルガス様、どうかなさいましたか?」

 廊下で待機していた執事が、先ほどの奇声に驚いたのだろう、いぶかしむような声がドアの向こうから聞こえる。

「あ、えと、大丈夫」
「支度は終わりました。開けても結構よ」

 エリザベータの台詞に答えるように、扉が開く。

 樫の木でできた扉が開いて、菫色の瞳が自分を見るのを感じて、フェリシアーノは無性に恥ずかしくなった。
(変、とかいわれない、かな)
 俯いたまま言葉を待つ彼女の耳に届いたのは、少し硬い、男の声。


「ーーーよく、お似合いですよ。・・・ヘーデルヴァーリさま、少しよろしいでしょうか」

 あら、なあに?という従姉の腕をひいて、姿勢の良い執事の姿は、再び扉の向こう側へと消える。

(な・・・なに!?なんでエリザベータ姉様!?)

 一瞬呆然としたものの、一体何を話しているのかはやはり気になる。
 すすす、と扉に近付き、ぴたりと耳を付けた。


『なんだあのドレスは!!俺が用意した物と違うじゃないか!』


 耳に飛び込んできた言葉は確かにショックなものだったが、それよりも。
 決して自分には向けないような口調で話すその声に、フェリシアーノは凍ったように動きを止めた。


(姉様には、あんな話し方するんだ。姉様にだけ。ーー姉様にだけ)

 じわり、とその瞳に涙がにじむ。

『何よ私の見立てになにか文句があるっていうの?』
『文句なら大ありだ。一体何を考えてるんだ、あんなに胸元の開いたドレスなど着せて!』
『いいじゃない似合うんだから。その辺の女共に負けない色気だって必要よ』
『必要ない!』

(そ・・そんなきっぱり言わなくたって。どうせ色気なんてないってわかってるよ!)

 もう、行くのやめようかな。
 そう思って、扉から耳を離そうとした、瞬間だった。


『あいつはタダでさえ人を惹き付けるんだ、着飾ったら余計な虫がよって来るに決まっているだろう!男装してた頃から、バカな男共を牽制するのにどれだけ苦労したと思ってる? 俺以外の男の目にあんな格好のフェリシアーノを晒して、平気でいられるはずがない!』

 あいつが綺麗だというのは、俺だけが知ってればいいんだ。


 そう、言ったのは、間違いなく自分の執事で。


(・・・・・う、わぁ・・・・!!)

 その破壊力といったら、半端なものではなかった。
 思わず扉からとびすさり、まっ赤になった頬を両手で押さえる。


(はずかしい、けど。・・・う、れしい・・・!!)


 部屋の中でフェリシアーノが悶絶していた頃、廊下では。

「本当に独占欲が強い男ね・・。大丈夫よ、迎えが来るまで私ががっちりガードしておくから。それとも何、私が信用出来ない?」
 心配ならさっさと迎えに来なさいよね。

 そう言い捨てたエリザベータが扉を開けると、そこにはなにやらムンクの叫びの様なポーズで固まった従妹がいた。







「えっと、それじゃあ行ってきます」

 用意した車に乗り込み、自分を見上げる主に、青年はなんとか笑顔を返す。
 ーーというか、見上げられるというこのアングルは、非常に目のやり場に困る。・・その、胸元が大きく開いたドレスの所為で。

「いってらっしゃいませ。お気を付けて」

「それじゃ、行ってくるわね。ーーまた、会いましょう」
「えぇ、いずれまた。いってらっしゃいませ」

 続いて乗り込むエリザベータとさり気なくアイコンタクトをかわし、静かに後部座席のドアを閉める。


 走り出す車が見えなくなるまで頭を下げていた青年は、次の瞬間きびすを返し、自分の部屋へ足早に向かった。

 この家に来てから一度も開けることの無かった、クローゼットの左側の扉を開け、ケースにたたまれていた衣装を取り出す。
 一介の執事が一生働いても買えないだろう、最高級品の、礼服。

 それに躊躇うこともせず袖を通すと、青年は臆する様子もなく、玄関で待っていたもう一台の車に乗り込んだ。


 その口から告げられた行き先は、本日のパーティー会場。





「ね・・姉様!オ・・私、大変な事を忘れてました」

 車の中で、突然そんな事を言い出す従妹に、どうしたの?と問いかければ、

「今日のパーティーって、パートナー必須じゃありませんでしたか!? どうしよう、今日に限って一人ーー」
「あ、それなら問題ないわ、安心して?是非貴女のパートナーに、って人が来てくれているの。私もローデリヒさんもよく知ってる、真面目な人よ」

「え・・・・」

 フェリシアーノは思わず言葉を失った。


 折角、女物の服を着て、初めて女としてパーティーに出るのに。


 その時自分の隣にいるのは、






 ルートヴィッヒじゃ、ない。







(自分でまいた種だけど)




 自分はなんて、バカなんだろう。




 じわりと滲んだ涙がこぼれ落ちないように、フェリシアーノはふい、と窓の外の街に視線を移した。







 会場に着いてからも、フェリシアーノの顔色はさえない。
 道行く参加者達が、みな驚いた様な視線でフェリシアーノを伺い見るから、というのもある。しかし、あんなに「皆に笑われるかも知れない」と不安に思っていたのに、 今ではそんなことは殆ど気にならなくなっていた。
 その頭を占めているのは。

(せっかく、女性として、ルーディーをパートナーに出来る機会だったのに)

 いい人だと、従姉は言うが、見も知りもしない他人と、手をとって会場にはいるなんて。

「もう、帰っちゃおうかな・・・」

 彼を伴うのが嫌だとだだをこねておいてなんだけれども、彼がいないパーティーに出るなんて意味がない。


「・・・・・・・・帰ろ」

 ぽつり、とそう言って、階段を下りようとした目の前に。



「折角間に合ったのに、今帰られては困るんだが」



 見たこともない、上等な礼服を完璧に着こなした、




 ルートヴィッヒが居た。








「・・・・・・・・・へ?」

「もう、着替えるだけに一体何時間かけてるの!間に合わないかと思ったじゃない、ルートヴィッヒ!」

 ぽかん、と階段の踊り場に立ちつくしていると、背後から従姉の声がして。

「無茶を言うなヘーデルヴァーリ。これでも相当飛ばしたんだぞ」

 答えながら、青年は一段ずつ階段を登ってくる。

「ルー・・ディー?」

「はい」

「で・・でも、執事なのに、なんで・・」

 ぱくぱくと口を開け閉めしていると、一段下まで上がってきたその人は、済まなそうな顔をして笑った。

「だました様な形になってしまって申し訳ない。・・これでも、貴族のはしくれなんだ」
「ちなみにエーデルシュタイン家の遠縁のご子息よ」

 すぐ後ろでした従姉の声に振り返ると、彼女の隣には見慣れぬ眼鏡の貴族の男性が立っていて。


「ーーようやく着いたのですか。まったく、女性を待たせるとは、マナーがなっていませんよ、お馬鹿さんが」
「ローデリヒ・・・久しぶりに会ったのに第一声がそれか」

 貴族の名門として名高い、エーデルシュタイン家の当主に向かって、至極普通に会話をするその様子は、確かに上級貴族のそれだ。


「ルーディーが、貴族・・?執事じゃなくて・・?」

「一応、執事としての資格は持っているが、生まれは貴族の家だ。ーー今日のパーティーのパートナーに、是非立候補したいんだが、如何だろうか・・?」

 控えめに差し出された手を呆然と眺め、次に階段一段分下に立っている所為で自分とほぼ同じ高さにある顔を見つめ、

「・・・・・・・・・夢?」

「いいや、夢じゃない。俺のパートナーになって貰えないだろうか」

 再度繰り返された台詞に、今度こそ。



「ーーー喜んで!」



 フェリシアーノは、満面の笑みで答えた。





 それから。



 ふぁさり、と肩に掛けられた、ドレスに合わせた色のショールを、フェリシアーノはきょとん、とした顔でつまんで見せる。

「ルーディー、これは?」

「ドレスに合わせて選んできた。・・・パーティー中は絶対に外さない事。約束してくれ」

 真剣な顔で自分をみつめるその瞳に、また頬に血が昇る。

「う・・うん。ちょっと寒かったから、助かるし」
「それはよかった。それじゃ、行くか」



 差し出された手を取って、二人は光の中に踏み出した。






 お終い。








 ふおぉ・・!!ピンクの薔薇と蒼いデージー の空瀬様への相互記念交換作品として、「独占欲が逸脱した独逸」でリクエストいただいたのですが・・


 なんていうか



 好き勝手しすぎで す  み  ま   せ   ん    (五体投地で土下座!)



 だ・・だって「それ以外は何してもOK☆」って言って貰えちゃって、じゃあここは一つ♀伊で行こう!と思って、独占欲ーどくせんよくーって考えてたらこんなんでたんだも。。

 空瀬さま、こ・・こんなんでましたが如何でしょうか・・?(ガクブル、
 お納め頂けたら幸いですでも書いてる間もの凄く楽しかったのー!!(脱兎/さ い あ く だ )

 09.07.20 伊都

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