7時45分、市庁舎前広場。
「異常なし」
7時48分、大通り北門。
「異常なし、と」
7時52分、駅前通り。
「異常はないな」
7時58分、中央駅西口前。
「む、いつもの列車は遅れているのか・・?人がやけに少ないな」
8時00分、中央駅東口。
「今日は2分遅れか。ーーコラ、危ないからあまり走るな!」
8時03分、派出所前。
「おはようございます、ドイツさん。見回りご苦労様です」
「あぁ、おはよう。良い朝だ」
派出所の隣のアンティーク店の店主と挨拶をかわし、建物に入ると、ドイツは帽子を取った。
朝の見回りは、今まで一度も欠かしたことのない彼の業務だ。
この派出所に勤務するようになって、5年以上がたつ。
初めは都会ならではの人の多さに多少不安にもなったが、今では業務をこなす上では問題ない。
そもそも、都会だからこそ、市内にはここ以外にも派出所は他にある。
『お巡りさんはお巡りさんの目が届くトコを責任もってやれば十分なんじゃないの?』
あっけらかんとそう言って、自分の凝り固まった肩をほぐしてくれた琥珀色を思い出し、ドイツは目を細めた。
「・・・今朝は緑、か」
そして小さく呟くと、彼は机の隅の小さなコルクボードに、緑色のピンを一つさす。
コルクボードには、既に20個以上のピンが刺さっている。
全て、緑色だ。
「今月は、皆勤なるか?」
どこか楽しげに呟くと、ドイツはデスクワークにとりかかった。
「今日は列車が遅れたから、東口!!」
7時59分。駅に到着した列車から飛び降りた青年は、つぶやきながら東口ーー彼の降りたホームからは遠い方だーーに向かって走り出す。
大きなベクトルになって押し寄せる人々の流れに逆らいながら、イタリアは初めて彼に会ったときのことを思い出していた。
『ーーきゃ!!』
『っとぉ・・大丈夫?』
ある春から夏に移ろうかという頃の朝。
ぼすん、という軽い衝撃が足にあたり、振り向いた先には、小さな鞄の中身を散らばらせた少女が立っていた。
『ご・・ごめんなさいえっと、だいじょうぶ』
『そか、よかった』
泣き出しそうな顔で、ちらばった筆箱やちり紙などを拾い集める少女に笑いかけ、足下におちていたリップクリームを拾い上げる。
『コレ、君のだよね。ーーあ、あんなトコにも』
『あ・・ありがとう!』
ころころと転がってゆくスティックノリを追いかけて足を進めると、拾おうとした目の前で。
『あー!!』
『あ!?なんだコレノリかよ!最悪だなくそ靴が汚れるじゃねぇか』
バキ、という嫌な音と共に、スティック糊はひび割れた。
踏みつけた男性は、イタリアの上げた声に不快感を隠そうともせず、
『おい、コレお前のかよ。ーーったく、この忙しい時にどうしてくれんだこの靴!!』
そう言いつのる言い方が、とても友好的とは言えなかったので、イタリアは想わず半歩さがった。
『お・・俺のじゃない、けど』
『んだよ。じゃあなんでお前が声あげんだ』
『ーーおにいちゃん!』
胸ぐらを捕まれそうになった瞬間、小さな身体が二人の間に滑り込む。
『ごめんなさい、それ、わたしのです』
気丈にも男性の顔をまっすぐ見てそういう少女はしかし、肩が小さく震えていた。
『んだぁこのガキは。おいコラ、ごめんなさいで済むと思ってんのかぁ?』
『ーーっあ、あやまってんじゃん。あなたこそ、忙しいって言う割には、こんなトコで子供相手に絡むヒマはあるんだ?』
とっさに、少女の肩をだきよせ、相手を挑発するような台詞を口に乗せる。
(怖い、けど。ぶっちゃけちょっとちびりそうだけど、女の子にケガさせるわけにはいかないよ!)
『ーん、だとぉ?』
真顔になった相手が、今度こそイタリアのシャツの胸ぐらを掴んだ。
(あーもー今日よりにもよって窓口係なのに。顔にケガなんかかんべんしてー・・)
そう思いながら、ぎゅっと目をつぶった瞬間。
『ゴメンで済まないから、警察がいるんだろう?』
『ーー!!』
すぐよこから聞こえたバリトンに、おそるおそる目を開けると。
自分の胸ぐらを掴んだ手を、さらに横からのびた大きな手がひねり上げていた。
「あの時のお巡りさん、格好よかったなぁ・・!」
(いや、今も格好良いけど)
駅正面の階段を駆け下りながら、そんな事を考える。
下りきって、右の通路を早足。通路の先の出口から駆け足でとびだすと、
「ーーコラ、危ないからあまり走るな!」
自分の大好きな声が、そう言ったのが聞こえて。
そちらを見やって、紺色の警察帽に向かってにこ、と手を振ると、金髪の人影も右手を挙げて答える。
(今月は皆勤ペースだぁ)
「ーーっよし、今日も一日がんばるぞー!!」
地下鉄の駅階段を下りながらそう拳を握ると、隣を早足で歩いていた人から何とも言えない視線が向けられた。
「おはようイタリア。今日も時間かっきりだな」
「おはよう。そりゃいつも同じ時間の列車だからね〜」
(そりゃ、朝お巡りさんに会おうと思ったらあの時間の列車に乗らないといけないからなぁ)
あはは、と笑って自分のデスクに鞄を置くイタリアを見る同僚は、そんな事情など知るはずもなく言う。
「お前ってホント時間に正確なヤツだよなー」
「そんなことないよー」
本当にそんな事は無いのだが、周りはイタリアのことを時間に律儀だと信じている。
まぁ、銀行員という仕事柄、そういう自分の評価を上げるような勘違いはありがたいので、イタリアも放置しているのだが。
(お巡りさんのおかげ、かなー。俺会社の中でも何故か評判悪くないんだよね)
そりゃあ、つとめだして3年、一度も遅刻をしたことがなく、残業もしないよう必死で一日のうちに仕事を終わらせるような社員は評判がよくもなるだろう。
要は全て、朝夕二回、「おまわりさん」に会うためなのだけれども。
そして、今日も会社を定刻きっちりに退社したイタリアは、地下鉄にのり、中央駅で列車に乗り換える。
そんな毎日が、一日、また一日と続いて。
「ーーおい!」
「ーーな、なに!?」
いつも通り、顔を見て駅に入ろうとしたその手をとったのは、いつか自分と少女を守ってくれた、お巡りさんの手だった。
「あ、いや・・もう、帰りだろう?」
「う、うん。そうだけど」
『あの日』話した時よりも、毎日少しずつ近づいていた、その距離。
それでも、こんなに近くで顔を見るのは殆ど初めてで。
(男前、だなぁ・・)
ドキドキする胸を押さえながら頷くと、相手は少し緊張した様子で、言う。
「その、よかったら、食事でもどうだ。あー・・」
「イタリア」
「!」
思ってもみない誘いに、自然に頬がゆるんだ。
(今日こそきくんだ!)
浮上した気分に後押しされて、ずっと心に決めていた台詞を、唇にのせる。
「イタリアって言うんだ、俺。お巡りさんは?」
「ドイツ、だ。今日は俺も上がりだから、一緒に」
「もちろん、よろこんで!よろしくねドイツ」
「あぁ、こちらこそ、イタリア」
やっとの思いで声を掛けた。
なんとか予定通り誘った上に、名前まで知ることが出来た。
(上出来じゃないか、俺)
制服で行くわけにも行かないから、派出所まで行っても良いか?
そう聴くと、イタリアはにこりと笑ってこくん、と頷いた。
(かわいいやつめ!)
イタリアを扉の外に待たせ、制帽を壁にかけて電気を消す。
並んで歩いてゆく二人の後ろ、ドイツのデスクの上には、緑のピンが30本刺さったボードが置いてあった。
(一ヶ月連続で会えたら、声を掛けよう)
(一ヶ月連続で会えたら、名前きいちゃお!)
お互いそう思っていた事を知るのは、あと数時間後。
おしまい。
チップにてリクエストいただきました、「警察はドイツ人銀行家はイタリア人カップルは独伊」で、こんなんでましたー。(*´д`*)
なんつーか、ドイツが、おっさんくさいっすね(逝け)
いやそれよりなにより、イタが「銀行家」ではなく「銀行員」になっちゃってホントズビバゼン。。(土下座!)
独伊ってうか、独→←伊くらいでしたが、こういうのも好きです。
お互いがお互いを思ってることで、自分のスタンスも上がるような二人って素敵だと思うのですよ!
とにもかくにも、リクエスト下さった方、素敵なネタをありがとうございました〜ww(*´∀`*)ノシ
*写真素材は fu*fu から頂きました
09.05.16 伊都