「学祭?」

 自分には関係ないと思っていた行事の名を、思わぬタイミングで聴かされたドイツは、思わず聞き返した。


「うんっ!ルーディー今年は来るでしょ!?あのねー俺ねー色々券もらったんだよえへへ」


 リンゴのタルトを前に、にこにこと答える相手はしかし、自分の答えに疑いをもっているようにはみえず。

「ーーー何かを期待されているところ申し訳ないが、俺は行かんぞ」
 寧ろその呼び方ヤメロ。

 一方的に話し続けるイタリアに、小さくため息をついてそう言うと、言葉を遮られた青年は思った通りに固まった。
 次の瞬間、

「こ・・来ないって何でどうして!!」
 食いかかってきた相手にも慣れたモノ。

「家の片づけをする」
 聴かれたことに簡潔に返答。

「そんなん学祭の日じゃなくても出来るじゃん!!」
 掴み掛からんばかりに声をあげる相手の頭を押しやって、

「悪いが既に予定にいれてあるんだ」
 手帳をみながら答える。

「悪いと思うなら予定空けてよーー!!」
 リーチの差か、腕を振り回しながらでたセリフに、少し目をみはり、

「お前揚げ足とるの上手くなったな・・・」
 えらいぞ。掴んだ頭をすこしぐりぐり。

「そんなとこ誉められても嬉しいけど嬉しくないし!」
 頬をふくらませる様は、とても成人男子のものとは思えない。その顔とセリフに

「どっちだよ」
 呆れた声でそういうと、相手は自分の頭を押しやっていた手からどうにか抜けだし、

「どっちでもいいの!とにかく学祭ー!」
 掴んだ腕をぶんぶんふりつつ再びその主張を始めた。

「だーかーら俺は行かないと」

「そうも言っていられないようですよ、ドイツさん」

 周囲の目を気にすることなく言い合っていた、二人の間に割り込んだ第三者の声に、二人して振り返る。

「にほん!きーてよルーディーがね!?」
「お前はちょっと黙ってろ寧ろその呼び方ヤメロ」
 捕まれたままだった腕を取り返し、日本の方を見たままの側頭部をかるくこづく。
「えーでもだって」
「ほぉー・・デザートはいらないんだな」
「スミマセンだまります」

「で、どういう事だ日本。学祭はサークルに入っていない者には基本無関係だろう?」

 スバラシイ手腕でイタリアを黙らせたドイツが向き直ると、日本は苦笑して答えた。
「いつもながらお見事ですね・・。まあいいんですが、今年から私たちもスタッフ入りなんですよ。一般学生も仕事が割り振られるようで」

 告げられた内容に、ドイツの片眉がはねる。
「・・・なんだソレは。きいたことがないぞ」
「いやでも毎年二年生は全員、なんらかのスタッフに組み込まれるらしいですよ?確かなスジからの情報です」

 
「うーん・・仕事が増えるのはイヤだけど、それでルーディーが学祭くるならいいや!やったぁ!」
 けして快いとは言えない表情のドイツのとなりで、万歳三唱をはじめるイタリアを見ていると、この青年は本当に大物だなぁと思う日本だが、もちろん口にも表情にも出さない。
 そのかわり、渋い顔のドイツに「ま、諦めましょう」と笑いかけた。
「・・・・・・めんどくさい・・・・・」
「まあ、来てみれば面白いものですよ?ドイツさんは去年もいらっしゃらなかったのでしょう?」
 ホラ、弓道部の食券も差し上げますから。
 
 そう言って差し出された黄色い紙切れには、的をもった豚と牛の絵。


「・・・・・・・肉?」
「弓道部は毎年牛串と豚串なんです。一本300円ですが、特別価格で200円にしてあげます」
「・・・って金とるのか」
「当たり前でしょう。おいしいですよ?」
「さっき差し上げるとか言わなかったか」
「無料で、とは言っていません」
「・・・まあ確かにそうだが・・ちょっと高くないか?」
「大きいですから。このくらいありますよ」
 示された大きさに、確かに大きいな、と納得する。隣で「ホントだよー俺去年食べたけど美味しかったよ!」と騒ぐイタリアを左手で制して、ドイツは財布を取り出した。
 ーーせっかく休日だと思っていたのに。 そう思うと、小さくため息が漏れた。









「ヒトの心臓は4つの部屋に分かれていて、この部分が左心室。全身に血液を送り出す部屋です。この通り壁が他の部屋より何倍も厚くなっています。その上にあるここが左心房、隣が右心房、その下が右心室です。血液は全身から帰ってきてまずこの部屋に入って、この部屋に来て、ここから肺へいきます。肺で酸素をもらった血液はこっちに帰ってきてここから全身に巡っていくわけです」
 特殊固定された心臓を、手袋をはめた手で開きながら解説する。
 既に何度も繰り返してきたため慣れたもので、解説は流れるように相手の耳に入った。

「この外側のヒモみたいなのが、あのつまったりする血管?」
 客の一人がおそるおそる指をさす。
 触った所で固定済みなのでぬるぬるしたりはしないのだが、直接触るのに抵抗があるのはよくわかる。

「そうです、心臓を栄養している冠動脈といわれる血管ですね。冠動脈は右と左にわかれていて、こちらが右、こっちが左です。左はさらに二本にわかれます」
 回旋枝、前下行枝などという名前はださなくてもいいか。彼らは専門用語を聴きに来ているわけではないし。
 訊かれた事には言葉を選んで答えてゆく。
 一通りの説明がおわると、二人連れの見学者は次のブースーー肺のコーナーだーーへと進んでいった。


 医学部キャンパス学祭当日、臓器展コーナー。
 時計をみやったドイツは、自分のシフトがあと数分で終わるという事実を認識して、小さく安堵のため息をつく。
 口下手な自分にとっては面倒な事にかわりはないが、外回りの案内係や、炎天下の駐車場係よりは随分マシな仕事だった。
 そう思い直した所で入り口の方に人の気配を感じ、見学者の来訪を知る。最後の客か、と背筋を伸ばしたドイツの耳に、


「うっわぁルーディー先生みたい!!白衣似合うねぇ!」
 

 飛び込んできた平和な声。今度はさっきより複雑なため息をついた。



「何しに来たんだ医学生・・・何度も言うようだがその呼び方ヤメロ」
「えへへールーディーを見にきました☆」
 あ、ねぇもうシフト交代の時間だよね?一緒にご飯たべよーよ!

 そう言ってぐいぐい腕を引くイタリアに、子供かお前は!と叱咤しつつ隣のブースのスタッフに声を掛ける。
 丁度やってきた交代要員と簡単に引き継ぎをすませ、左腕にイタリアをつけたままドイツは第二個人単位実習室を後にした。

「弓道部の串焼きは人気あるんだよー。早めに行って注文しとかないと、凄く待たされたりするの!」
 そういってドイツの腕を放し、階段の最後の二段を飛び降りたイタリアの、いつ見ても飛び出している不可解な髪が、肩の上でくるりと揺れる。
「それは凄いな。ーー急いだ方がよくないか?」
 もう昼時だし、結構な人出になっているだろう。そう思い提案すると、相手は満面の笑みで振り向いた。

「そ・こ・で! 俺のひっさつ☆お友達コマンドはつどー!!」
 いえーい☆ 

 片手は腰に、片手はチョキを作って目の上に。ウインクまでバッチリ決めて星を飛ばしてポーズを取るイタリアに、ドイツは正直ついて行けない。

「・・・・・・・・・・」
「・・・・・ねえ何かいってよ俺泣いちゃうよ」
 
 暫くそのポーズのままとまっていたイタリアは、同じく階段の途中で固まっていたドイツにがっくりと肩を落とした。
 何を言うべきか、寧ろ何も言わずに流すべきか、心底どう反応すればいいのかわからず身動きできなかったドイツは、疲れたように肩を落とすイタリアに内心慌てて声を掛ける。

「あ、いやすまん、その、何をどう言ったらいいのか解らなくて」
 多少狼狽えた様に階段を下りきるドイツに、イタリアは、まぁそこがルーディーらしいとこなんだけどねー。と笑った。

 その笑顔をみて、ドイツはほっと息を吐き出す。
 不本意ながら、自分は本当にこの青年に振り回されていると思う。
 平素厳しい態度をとりがちではあるが、イタリアに元気がないと気になるし、自分が他人を癒すという方面では不器用だとわかっていても、何かあったのかと心配せずにはいられない。今だって、すぐに笑ってくれたイタリアにほっとしながらも、気の利いた答えを返せない自分にふがいなさを感じた。

「・・・・・本当に、駄目だな」

「え?」

 存外に口に出ていたらしい言葉に、先を歩いていたイタリアが驚いた顔で振り返る。

「ーーいや、なんでもない。」
 そう答えると、イタリアはふーん。と微妙な顔をして、再び会場へと歩き出した。

 本当は、イタリアに訊きたいことが沢山ある。
 
 どうして自分などが良いといってくれるのか。
 今でもそう思っていてくれているのか。
 自分といてもつまらないのではないか。
 
 ーーいつもならば、こちらが訊く前に「大好きー」だの「楽しいね!」だのと口にしてくれるのに。
 ソレをきく度に、胸のあたりがほっこりと暖かくなるのを感じるのが、とても好きなのに。
 どうして今日は、言ってくれない?
 どうして今日は、隣でなく少し前を歩いてゆくんだ?
 
「ーーイタリア!」

 気が付いたときには、自分の右手が彼の左腕をとらえ、引き留めていた。

「ふぉわ!・・な、なに!?どうかした!?」

 驚いた顔でそう問う相手にも、自分でも気付かない間の行動だったためさっぱり言葉が出てこない。

「い・・や、その、すまん」
「・・・え、なんであやまるの?」
「なんでというか・・その、何でもないんだ」

「だから!どーして何でもないっていうのさ! もードイツこれから『なんでもない』禁止!!」

 突然、捕まれた腕を振り払って身体ごとふりかえり、頬をふくらませてそう宣言したイタリアに、返事が出来るはずもない。 

「あのね、俺はドイツが好きだけど、すきだから、何時だって不安なんだよ!ドイツはしっかりしてるし、格好良いし、俺がいなくても全然問題ないし、むしろ俺いつも足引っ張ってばっかりだから、嫌われちゃったらどうしようって思うんだよ!『何でもない』って言われると、『関係ない』っていわれてるみたいで、ホントに嫌われたかとおもって、でもドイツはいつも側にいてくれるからやっぱり好きなんだもん!! 俺は人の気持ち考えるの上手じゃないし、ドイツのことならいつだって考えてるけど気持ちまではわからないから、『何でもない』じゃなくて、言ってくれなきゃわかんないよ!!」

 一息にそう言い切って、はぁはぁと肩で息をつく相手を、ドイツはぽかんとしばし眺めた。

「ーーー言わなければ、解らない」

 半ば呆然とそうつぶやいた相手に、イタリアはうつむき加減に視線をそらして言う。

「俺、ドイツが好きだから、何でも解りたいと思うけど、やっぱり俺とドイツは違う人間だもん。同じものを見てても感じ方はちがうし、同じもの食べてても美味しいと思ったり思わなかったりするよ。俺はドイツに俺のこと解って欲しいから何でも言うようにしてるけど、ドイツは俺に解って欲しいと思ってくれたりとかしない・・よね、やっぱり。えっとなんか、ゴメンね?」


 あは、ちょっと泣きそうかもー。



 そう言ってくしゃりと歪んだ笑顔に、胸がずくんと痛んだ。

 ーーこんな顔をさせたいんじゃないのに。
 ーー言わなければ。言葉に、しなければ。

 そう思った瞬間、自然に身体が動いていた。



「ーーお前はっ!」
「ふえ!?」
 
 突然抱きしめられた上に大きめの声で言われて、気の抜けた声をだすイタリアにかまわず、声はつづく。

「どうして俺なんかに笑ってくれるんだ。俺のそばに居てくれるんだ。俺は、お前みたいにまっすぐ笑ってくれる奴なんか初めてなんだ驚いたんだ嬉しかったんだ、離したくないんだ!でもお前が俺の側に居てくれる要因が解らないから、いつ離れていくのかも解らない、離れていくお前を冷静に見られる自信なんて元から無い。どうしたらずっと隣で笑っていてくれるんだ?俺はなにをすればいい?」

 お前が、俺から離れていくのが怖くてたまらないんだーーイタリア。

 
「・・・・・・ど、どいつ?」
 鎖骨のあたりに頬を寄せる形で全身に響いた言葉に、真っ赤になったイタリアが、やっとのことで声をだすと、

「お前が好きだ、今も昔も。これからも」

 意を決した声で、最後の爆弾が降ってきた。

















「おいしいねー!」
 
 牛串を頬張りながら笑うイタリアに、「そうだな」とかえすと、青年は綺麗な顔で笑う。

「こら、ちゃんと嚼まないと喉に詰まらせて窒息するぞ」
「うー、うー!」
「言ったそばからか!!」

 にほん、すまんウーロン茶ひとつ!

「はいどうぞ、100円になりますー」

 見計らったかのように(実際見計らっていたのだが)タイミング良く差し出されたウーロン茶と、同時に告げられた値段に、普段温厚な彼の意外な商魂たくましさを見た気がした。とにかく硬貨を一枚手渡して引き取った紙コップを、喉を押さえて目を白黒させている青年の口元へと運ぶ。


「っうはー!くるしかったぁー!!」

 大きめの紙コップになみなみと入っていたそれを半分ほど飲み干し、イタリアはようやく大きな息をついた。

「窒息って大変だね!俺今度からきをつけるよ。あ、お茶ありがとね」
「気にするな。あと倒れるなら俺の目の届く範囲で頼むぞ」
「?うん。『倒れるな』とは言わないの?」
 首をかしげてそういう相手に、金髪の青年は苦笑して、

「それはムリな話だろう。お前さっきのアレで倒れるんだから」

 貧血気味なんじゃないのか? そう続けるドイツの声を、顔を紅くしたイタリアの声が遮る。

「あれはだってドイツがあんな声だすのがずるいよ!だれだってふにゃふにゃになるもん!」
「べつにお前以外に聴かせる予定はないから問題ない。それに」
 帰ってきたセリフの内容に、くちをぱくぱくさせるしかないイタリアの手から、見せつけるように肉をひとかけら口にして、にやりと笑った。

「お前が倒れたときのために、救急蘇生の資格はとってある。BLSだけじゃなく、ACLSまで、な。」


 大事な人が倒れたときに、救急車を待つだけじゃ、医学部に入った意味がないだろう? 


「〜〜〜〜〜〜!!」
 そのにやり笑いは反則だとか。
 自分のために授業にはないような救急蘇生の講習会にまでいったのか、とか。
 大事な人って俺か、とか。

 いろいろあっぷあっぷで、イタリアは結局机につっぷするしかなかった。



「あんな条件、嬉しいけどいうんじゃなかったぁー・・・」


















「あのね、俺がドイツのそばを離れるなんてことはまず無いだろうけど、ドイツが俺のためになにかしたいっていってくれるなら、ひとつだけ。「すきだよ」って言葉でいってほしいな」






 そしたら俺は、世界一しあわせ。






 

 ...fin.

 ふおぉ・・・!リアル学祭から一ヶ月も経って漸くアップです。。orz
 しかも意味不明に微妙な長さ!(笑

 書きたかったのは、二人で串を食べる独伊。← そ こ  か  !
 
 イタリアの「必殺☆お友達コマンド」は、弓道部のテントに行く前に日本に電話して、「今から行くから取り置き分あっためておいてー(=ワ=*)」と言っておくと待たずに食べれるよ!というものでした。書こうと思ってたのにドイツが固まった所為でスルーする形に。だめじゃん。

 なんか最後らへん二人とも別人みたいになってますがどんまーい☆ ←逝け!
 医学生パロを好きだと言ってくださる皆さんに、感謝の涙が耐えません。
 来年もまったり書けたらいいな・・!


 07.12.29 伊都