「・・・・・なんだこりゃ」

 三年ぶりに住み慣れた下宿先を訪れたフランスは、思わずそうこぼした。




「よく戻ってきてくれましたねムッシュ」 
 そう言いながら紅茶を勧めてくれたのは、この家の女主人。
「礼を言うのは自分の方ですよ、ミセス・ヴァージニア。またこの家に住むことが出来て光栄です」
 にこりと答えつつ紅茶を口に運ぶ。一口飲んで、軽く目を開いた。
 ーー美味い。

「美味しいでしょう? イギリスさんが入れ方を教えてくださったのよ」
 そういって微笑む家主、エリザベス・ヴァージニアは、今年で62になるが、背筋をぴんと伸ばし、凛とした、という言葉の似合う女性である。
「イギリス・・?あぁ、自分の後に入った下宿生ですか。ですが貴女のいれるお茶は元々美味しいですからね」
「まあ、ありがとう。でも彼が上手なのは紅茶だけではないのですよ?あのお庭、」
 一端言葉を切って目をやる先には、この家の、けして広くは無いが狭いわけでもない、庭。

 低めの生け垣は美しく刈り込まれ、母屋に近い場所にはポプラの若木が葉を茂らせている。
 その足下に拡がる、色とりどりの花々と緑と、砂利道の茶色とのコントラスト。
 三年前も「荒れている」というわけではなかったが、ここまで美しい庭ではなかった。

「三年でこんなに綺麗にしてくださったの。私も少しづつお手伝いをさせて頂いて、ね。」
 この年で新しい趣味を見つけられるなんて、思っても見なかったことですよ。
 
 その言葉に、今度は大きく目を見開く。
「三年で・・・それはすごい。てっきり業者にでも依頼したのかと思いましたよ」

 そう言うと、ミセス・ヴァージニアは嬉しそうに微笑んだ。
「イギリスさんはお庭と紅茶をお願いしていますから、貴男には昔のようにお願いできるかしら?」
「料理、ですね?もちろん、そんなことで家賃を下げて頂けるのならいくらでも。自分の味を彼が気に入ってくれるかはわかりませんが」
 料理には一応自信があるが、人それぞれ好みというものがあるしな。
 というフランスの配慮は、女主人の大きな頷きで一蹴された。

「貴男の味ならきっと気に入ります。彼は私の同郷の人間ですから」

 あーそりゃまあ名前からして。

 そうこぼしそうになり、フランスはあわてて紅茶を口に含んだ。







「にしてもすっげー・・・」

 挨拶の後、鞄一つの小さな荷物を抱えて二階の部屋に入る。
 キィ、と微かに音を立てて開く扉の音すらなつかしい。部屋は昔自分が使っていたときのままで、窓からは庭が一望できた。
 窓辺に持ってきた椅子にもたれ、見違えるほど綺麗になった庭をながめる。

 初めて一階から見たときには思わず絶句してしまったが、二階から改めて全景を眺めても、良い庭だと思う。

 こんな庭を造る、自分より三歳年下の、医学部の学生。


「どんな奴かなー・・」


 目を細めてほおづえをつき、庭を眺めるフランスの髪を、風が軽く乱した。



 

 木々の蔭、家のすぐ脇の道から、自分を見ている翡翠の眼に、フランスは気付かなかった。














 なんだあれなんだそりゃきいてねぇぞコラーーーーーーーーーーーー!!!!

 と、叫び出さなかっただけ自分は頑張ったと思う。
 青年は意味もなく自分をほめながら、これまた意味もなく家の前でうろうろと歩き回り、3分後に意を決して玄関をあけた。

「おかえりなさい、ミスター。早かったのですね」
 玄関に一番近い居間で編み物をしていた家主が顔を上げて出迎える。
「ただいま帰りました、ミセスヴァージニア。・・二階にいるのが?」
「えぇ、さっきいらしたのよ。ーー貴男のお庭、とても気に入ってくださっていたわ」
 その言葉に、さっき下から眺めた横顔を思い出して何故だかどぎまぎしてしまう。
「えぇーとその、アレは一体どういう」
「ミスタ・キングダム」
「はい!」
「他人をアレなどというものではありません。それから彼について知りたいのならば、彼に直接お聞きなさい。」
 私は本人に聴けば分かることを、説明するのは嫌いです。
 
 そうぴしゃりと言い切られ、すごすごと居間から撤退する。
 おおむね寛容な女主人だが、時折見せる毅然とした態度はーーなんというか、ぶっちゃけ怖い。
 
 


 自分で聞けっていってもそんなご無体な。

「だってお前、あんな綺麗な男みたことねーよ・・・」

 三階の自分に与えられた屋根裏部屋で、寝台に腰掛け思わず溢れた自分の言葉に、自分で驚いた。
 綺麗ってなんだ俺!

「いやだからえぇーと俺の庭気に入ったっていうならそれなりの審美眼ってものをだな」

 誰もいない部屋で思わず誰にともなく(かつ必死に)弁解していた青年の言葉を、控えめなノックが遮る。


 

「えーと・・イギリス、だっけ?居るか?」



 扉の向こうから聞こえてきたその声に、イギリスは両の瞳を溢れんばかりにみひらいた。


「この、声・・・」


 呆然と立ちつくしていると、再び扉が叩かれる。

「寝てるのか?一応挨拶しようとおもったんだが・・」

 そして、きびすを返す気配。





「ーーーーっ居るぞ!居るから挨拶しにきたんだろうがバカ!そんな簡単にあきらめんな!!」




 背にした扉がもの凄い勢いで開いたのと同時に投げかけられた、罵倒とも取れるその言葉に、驚いて振り返ったフランスは。

 
 どこか必死な感のただよう碧の眼をみて、思わず笑ってしまったのだった。




 まぁ次の瞬間「ヒトの顔みて笑うたぁ良い度胸じゃねぇか」と襟首をしめあげられたわけだが。



 二人の下宿生活の始まりは、おおむねそんなかんじだった。




 つーわけで仏と英は同じところに下宿しております。
 仏は三年前に一度出て行って、この街の大学に勤務することが決まったので戻ってきました。
 英は一年生の間は教養で他に住んでいたのですが、二年生からヴァージニア宅に下宿しています。
 それぞれ自分の得意なことで家主に貢献するという条件で、格安の家賃です(笑)

 ちなみに英は三階の屋根裏部屋、仏は二階の庭側の部屋。
 えっへへ楽しいな!(笑)

 07.09.07 伊都