「・・・・・・で、名前は?」
「・・・・・・・・・・アーサー・U・キングダム」
表情通りの苦々しい口調で、そう名乗った青年に、男はにやりと笑う。
「ふーん。そんじゃまよろしくな、イギリス」
「どうせそう呼ぶなら一々名前聴くんじゃねぇよ!!」
フランスの予想通りの暴言が、組織学講座染色室に響き渡った。
「ったく・・お前が居るって知ってたら絶対断ったのに」
そうこぼしながらスライドにカバーガラスをかぶせるイギリスの隣で、ストップウォッチを片手に椅子に馬乗りになり、
「まぁそう言わずに手ぇうごかせや」
ぷらぷらと手を振ってそういうと、案の定ぎんっ!と刺すような視線が送られる。
「うるせぇよエロひげ。居ね。死ね。」
そんな暴言もドコ吹く風、と聞き流し、
「そういや居ね、死ねってアレだよな。古文のナ行変格活用動詞」
ナニお前そんなに古文好きなの?
などと聞き返す男に、アルバイトの学生は、右手に持っていたピックをつきつけた。
「三角関数の加法定理の覚え方、おしえてやろうか」
剣呑な雰囲気でそう言って笑う碧の眼に、男は知ってるぜそのくらい、と口を開く。
「さいたコスモスコスモスさいた」
「刺した殺した殺した死んだ」
自分の声にかぶせるように告げられた一群の言葉に、フランスは声をあげて笑った。
「お前それあんまりだろ!・・・あぁでも、俺も考えた事あったなー自分なりの覚え方」
「・・・・・・・・」
自分の方を見ようともせず次のプレパラートを手に取る学生の頑なな態度もなんのその、と青年は歌うように告げる。
「さわってこすってだしてこす」
ーーーカッ!
言い終わらぬうちに、視界の端をかすめて顔の横の壁につきささったピックに流石に絶句すると、イギリスはにっこりと微笑んで、
「悪いな、手元が狂った」
「ーーおま、狂ったどころじゃねぇだろ死ぬぞコレ!!」
軽く血の気をひかせて抗議する男にも、だからゴメンな?と首をかしげてみせる。
普段ならば熱を疑う程にあり得ないその素直さに、背筋は更なる寒気を感じた。
「一発で殺してやるつもりだったんだが手元が狂って。次は外さないから安心しろ」
「〜〜〜言うと思ったぜこの野郎ーーってマジで構えるなって!死ぬ死ぬ!!」
「当たり前のこと言ってんじゃねぇよ。殺すっつってんだろ!」
「目がマジですよイギリスさん!!」
「だからその名で呼ぶなといっとろうが!」
「分かったからちょ、やめろってアーサー!」
「ーーーー!」
ぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴぴ
突然鳴り響いた電子音に、もみ合っていた二人は一瞬動きをとめ、次の瞬間飛び退るようにして距離を取った。
どちらともなくため息をついて、自分の作業へと戻る。
プレパラートの金籠をヘマトキシリン液から引き上げて水洗いするフランスの指が青く染まるのを見ながら、ふと
ーーーーーー綺麗な色だな
などと考えた頭を、二回だけ強く降って、イギリスははみ出した接着液を濾紙に吸い込ませた。
液が毛細管現象で濾紙に染み込むのと同じころ、その脳細胞に染み込んだ疑問はひとつ。
あのとき一瞬言葉を飲んだのは、捕まれた時の意外な力強さにか、それとも初めてその声で呼ばれた己の名前にか。
今度は頭を振っても消えてくれそうになかった。
医学生パラレル仏英バージョンですいぇー。(何)
短いですがご容赦ご容赦。
フランス兄ちゃんは染色技師。研究者から回された組織の標本を作って、オーダーされた染色を施すヒトです。
イギリスは医学部学生(四年生)。 他の講座とかで染色系の手伝いをよくやってて、今回はバイトで組織学講座にやってきました。夏休み特別労働。夏休みで人出が少ないけれども、学会の準備で論文を急ぐ教授によって募集されたようです。
文章久しぶりに書いたのですごく・・不思議な文になってるきがします・・・(苦笑)
2007.08.13 伊都