強くて儚い君


 月の綺麗な夜のこと。

 「きゃぁぁぁぁ!」
 無人島に絹を引き裂くような悲鳴が響き渡った。



 火の晩をしていたルートヴィッヒと本田菊の間に緊張が走る。

 「今の声は…」
 「ええ、確実にフェリシアーナさんですね。」

 フェリシアーナ・ヴァルガス。
 アドリア海の女王とも称される、気高く美しく、心優しき北イタリアの化身。
 だが、戦場では可憐な容姿からは想像もつかない程の力と勇敢さを発揮する。
 むしろ勇敢すぎてルートヴィッヒを心配させるくらいだ。
 例えば戦車に生身で襲撃をかけたり。
 敵地に一人で乗り込んで行ったり。
 服が切り裂かれても気にせず戦い続けたり。
 姉・ロヴィーナが従えるマフィアに対して噛みついたり。


 今朝など島にクラーケンが出現すると聞き、一人で退治しに行こうとしていた。
 (幸い連合…というかアーサーの悪戯故に事なきを得たがアレが本物だったらと思うと…)

 フェリシアーナが泣いたり恐がったりした所等フランシスに何かをされている時くらいしかルートヴィッヒは見たことがなかった。
 (にも関わらず彼女がフランシスに絶大な信頼をおいている事には何故か苛立ちを感じるが。)


 …そんなフェリシアーナが本気で怯えた声で悲鳴を上げている。
 只事ではない。

 今彼女は奥の川で水浴びをしている筈だ。


 すぐに声のするほうへと向かおうとしたルートヴィッヒの腕に何かがとびこんできた。
 「わああんルーディ!」
 飛び込んできたのは涙で顔をぐちゃぐちゃにし、素足を傷だらけにしたフェリシアーナだった。

 「フェリシアーナ!」
 思わず抱き締める。

 ふわり。甘い香りが漂う。
 抱き締めた身体は思いのほか柔らかかった。


 「…?」
 柔らかい?

 菊が真っ赤な顔でこちらを見ている。

 …そういえば…フェリシアーナは水浴びをしていたのではなかったか。

 恐る恐る視線を向けると、フェリシアーナはタオル一枚で…
 今ルートヴィッヒの胸板に当たっている柔らかい物は…

 ルートヴィッヒが即座に自らの上着をフェリシアーナに被せたのは言うまでもなかった。


 軍服はフェリシアーナの身体を膝上まですっぽり被い隠していた。
 この日以上にルートヴィッヒがフェリシアーナとの体格差に感謝することはなかった。

 とりあえずフェリシアーノをテントに放りこみ着替えるように言う。

 一分もしない内に簡単なワンピースに身を包み、フェリシアーナが戻ってきた。
 普段、それなりに着替えに時間をかける彼女にしては珍しい事だが…

 その間に菊がお湯を沸かし、グリーンティーを入れてくれていた。


 「それで…どうしたんだ?」

 いつもの元気はどこへやら。
 菊が注いだグリーンティーを飲みながらもくっついて離れないフェリシアーナにルートヴィッヒが問いかける。

 「あのね…ひっく…川の向こうにお化けがいたの…。」

 ぽろぽろと涙を流し少し震えながらフェリシアーナの口から出たのは意外な一言。

 あっけにとられたルートヴィッヒと、表情が緩んだ菊を見てフェリシアーナはムキになったように叫ぶ。
 「本当に見たんだって!何回か銀色の光が見えて、長い髪の女の人がすっと消えたんだからあ!…本当に恐かった…」
 そして思い出してしまったかのように再びルートヴィッヒにしがみついた。

 危険があったわけではないと安堵すると同時に、恐いもの知らずなアドリア海の現役女王が滅多に見せない可愛らしい一面に和んでしまう ルートヴィッヒと菊だった。



 …が。ルートヴィッヒが和んでいられたのは就寝までの僅かな時間のみであった。




 その夜の事である。

 夏と言えど夜は寒い。

 肌寒さを感じ、目が覚めたルートヴィッヒは毛布を手繰り寄せようとし、腕を動かした。

 その時である。

 ふにょっ。

 何か柔らかいものがルートヴィッヒの腕に当たる。

 …何処かで触れた事のある感触。

 『ソレ』にどこで触れたのかを思い出した瞬間ルートヴィッヒの意識は完全に覚醒した。

 目の前には甘い香りのする茶色いふわふわした髪。

 とにかく早く腕を引きぬこうとするがしっかりと掴まれていたのでフェリシアーナを揺り起こす。

 「んー…?るぅでぃ…?」

 寝起きだからか、いつになく無防備にとろんとした表情で見上げてくるフェリシアーナ。

 「何故ここにいるんだフェリシアーナ!自分の所で寝ないか!」

 その表情を直視できず目を反らしながらルートヴィッヒは叱責の言葉をかける。

 「やー!」

 そうか。Jaか。そう思えたらどんなに良いだろう。

 そんな淡い願いを打ち砕くようにフェリシアーナは強くしがみついてきた。

 「誰かが見ている気がして怖くて寝れないのぉ…今日だけ一緒に寝かせて…。」

 もし。フェリシアーナが男児であったならば、何のためらいもなく聞き入れてやる事の出来た願いだっただろう。

 しかし…

 「絶対駄目だ!早く持ち場に戻れ!」

 忘れてはいけない。

 いくら普段男勝りであろうと、フェリシアーナは男ではないのだ。

 改めてソレを今日何度も思い知らされた。

 強そうに見えてもその身体は柔らかく、掴んだら折れてしまいそうに細い。

 怖いもの等全くなさそうに見えても、何かに怯えれば一人では眠れぬようなもろさも持っている。

 女の子…なのだ。

 年頃の男女が同じテントで眠る事すらあまり良くはないとルートヴィッヒは思っているのに(とはいえ、連合の面々が来ている以上一人のテントにいさせる方が危険すぎる為同じテントにせざるをえないのだが…)ましてや同衾などとんでもない。

 だが、そんなルートヴィッヒの気持ちを欠片も知りもしないフェリシアーナは尚も涙目で縋ってくる。

 大きな瞳に宝石のような雫を溜め、いつもよりも弱弱しい表情で。

 それでもしがみつく腕の力だけは強く。

 「お願い!なんでもするからぁ…」

 その言葉を聞いた瞬間に男の衝動が目覚めそうになる。

 女性に「何でもする」と言われて平常でいられる男はそうそうはいないだろう。

 それでも、その衝動に身を任せるにも、突き放すにもルートヴィッヒは優し過ぎた。

 ここで、強固に拒否をして菊の所に行かれても困る…というか嫌だ。

 例え菊がフェリシアーナに妙な事はしないとわかっていても…だ。

 「わかったから…その代わり、今夜だけだぞ。あと男に無闇に「何でもする」とか言うな。」

 力なくそう呟く。

 そしてその晩は、朝になって力尽きるまでほぼ一睡も出来なかったルートヴィッヒであった。






 翌朝の事

 「よし、この写真をロヴィーナの所に送ってやろうっと。見てろよクラウツ!」

 手にはタオル一枚のフェリシアーナがルートヴィッヒの腕の中で泣いている写真。

 そしてルートヴィッヒとフェリシアーナが向き合って眠っている写真。

 もしそんな写真を見たら裏社会では破壊の女王とも恐れられる姉、ロヴィーナが黙っているわけがない。

 届いたその日の内にルートヴィッヒの家にマフィアと言う名の刺客を差し向けるであろう。…と言うのがフランシスの企みだった。

 「…止めはしねえよ。…けどな。その写真を送った時点で先にシチリアに沈むのはてめえだと思うぜ。」

 水浴び写真などは懐にしまいこむフランシスを冷たい目で見ながらぼそりと突っ込むアーサーであった。



 その後、写真が送られたかどうかは解らない。

 ただ言える事は、その日を境にルートヴィッヒとフェリシアーナの仲は急接近をし始め、結局はツンデレシスコンなロヴィーナにより刺客を大量に送られたのだということだ。

 もちろん全員返り討ちだが。





 ピンクの薔薇と蒼いデージー の空瀬さまから相互記念に頂きました〜!!・+'.: ゚(≧∀≦*)b.:゚+イェイ♪
 はぁ〜ww 美人で強めなのに幽霊怖いとか、もうにょイタスキーにはたまりません!!!
 そして実は破壊の女王なロヴィーナにも、非常にによによしましたwww
 ドイツは素敵に独占欲丸出しで・・!ごちそうさまです!!キャッ,*。;(つ▽<●)ノ゚+゚

 空瀬さま、活動再開との事で、こんな所からですが祝辞を送らせて下さいませ!
 これから素敵なお話の更新、楽しみにいたしております〜(*´艸`*)♪

 素敵なお話を、本当にありがとうございました!
 これからもどうぞ宜しくおねがいいたします<(_ _)>

 11.06.17 伊都